上杉謙信を訪ねる

戦国の雄・上杉謙信――。
甲斐の武田信玄との、川中島での五度に渡る合戦や、その甲斐の国に塩を送るエピソードは誰もが知るところであろう。
高潔な思想と機知に富んだ武将としての活躍…。
謙信は、今尚多くの人から愛される武将の一人である。
今回、謙信ゆかりの土地として春日山周辺を散策した。
謙信が見たであろう景色を眺め、踏みしめたであろう道を進み、
遠い時代の武将に想いを馳せる。

謙信公
緑に眩しくはためく「毘」の旗印
緑に眩しくはためく「毘」の旗印
復元された堀ものがたり館ものがたり館の中
東城砦遊歩道長池の青と新緑
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春日城史跡広場

5月下旬、とはいえこの日はアスファルトの照返しも厳しい真夏日。JR春日山駅を出て道を進み、薄手のシャツがじっとりと汗ばむころ、ようやく最初の目的地「春日山城史跡広場」へと辿り着く。復元された土塁と堀、そして謙信の旗印「毘」をあしらったのぼりが春日山の新緑をバックにはためいていた。まずは広場に併設される「ものがたり館」へ。ここにはスクリーンが設置されており、謙信の半生を描いたVTRを観ることができる。少し英雄調ではあるが、分かりやすく、謙信に思いを馳せる旅のスタートには丁度いい。次に復元された東城砦へと向かう。ひっそりと深い緑の中に佇む東城砦、そしてその奥には遊歩道が続き、往時もたたえていたであろう深い群青の長池に、枝を伸ばした新緑が眩しく輝いていた。

春日神社

史跡広場を後にし、次の目的地・春日神社を目指す。初夏のような熱気の中、アスファルトにかげろうが浮かぶ。県道のゆったりしたカーブの途中に春日神社の陽に褪せた、朱色の鳥居が見えてきた。春日神社は天徳2(958)年に創建。永徳年間の春日山城築城に際して、城の鬼門であるこの場所に移築された。天を突くように伸びた杉木立が参道を挟み、深い影を作る。長く、急勾配の石段を登り詰めると本殿が見えた。長尾景虎は藤原氏の流れを汲む上杉の姓を継ぎ、後に、謙信と名乗るようになるが、この春日神社はその藤原氏の氏神にあたる。春日神社の加護のもと、謙信は戦国の世を駆け抜けたのだろうか。

鳥居本殿石段を上から見下ろす 立派な杉木立
立派な杉木立が参道に深い影を作る
西日に輝く林泉寺の惣門
西日に輝く林泉寺の惣門
林泉寺へと続く杉木立梵鐘
本堂可憐な睡蓮
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林泉寺−1

春日神社を後にし、次の目的地・林泉寺へと向かう。5月の青空に垂直に立つ杉木立を過ぎ、ようやく重層な惣門へと辿り着いた。謙信はこの林泉寺で、名僧・天室光育(てんしつこういく)の元、7歳から14歳までの青年期を過ごす。謙信の、戦乱の世にありながら清明な思考を持ち、それを貫き通した生き方は、このとき形づくられたといわれている。惣門を過ぎると、その奥には鎌倉時代の和様と唐様を取入れたという山門が見える。だがこの時、残念ながら山門は修復中。来年の3月頃にはその姿を眺めることができるという。仕方なしに修復中の山門を迂回し、咲き始めた睡蓮を眺め、今回の目的の一つである謙信の墓を目指す。

林泉寺−2

正面に林泉寺の本堂、右手に宝物殿。そして左手には「謙信公御墓所入口」の石碑が建っている。これが林泉寺の墓地へと続く入口だ。石段を一歩、また一歩と踏み込んでゆく。それだけでこれまでの興奮が深く沈み込んでゆくような感覚になる。しばらくすると「川中島戦死者供養塔」が目に入った。今までに見たことがある映画やドラマの合戦のシーンが脳裏に浮かぶ。戦国時代に思いを馳せる瞬間だ。目指していた謙信の墓は、深い緑の中に、幾筋かの木漏れ日を浴びてしっとりと佇んでいた。いざ対峙してみて、その凛とした佇まいの寂しさに胸が詰まり、そっと手を合わせた。

謙信公の墓所へと続く石段
謙信公の墓所へと続く石段
苔むした墓石に時の流れを感じる「上杉謙信公の御墓」 4度に渡り繰り広げられた川中島の合戦の死者をまつる供養塔
苔むした墓石に時の流れを感じる「上杉謙信公の御墓」 4度に渡り繰り広げられた川中島での合戦の死者をまつる供養塔
春日山から城下を見下ろす謙信公像
春日山から城下を見下ろす謙信公像
塹壕祉跡草むした土塁跡直江屋敷跡
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春日山城跡−1

林泉寺を後にし、最後の目的地・春日山城本丸跡へと歩を進める。高田から望んだ春日山はお茶碗に盛った御飯のようにこんもりとした小山のようなイメージだったのだが、近付くごとにその認識の甘さに愕然とする。春日山神社の脇を通り、本丸へと続く山道へと出る。夏草と杉の深い緑、草いきれ、そしてなによりここは謙信の居城として鉄壁を誇った要塞であることが、肌にピリピリと伝わってくる。緑に埋没する「土塁」や「空堀」、「塹壕祉(ざんごうし)」などの仕掛け。今では小さな石碑とその少し歪な地形だけが教えてくれる。慣れない山道をしばらく進むと、突然視界が開け、眼下に頸城(くびき)平野が広がった。ここは「直江屋敷跡」上杉家の重臣・直江兼続の屋敷があった場所だ。ここも今は小さな石碑が建つばかりである。眺める景色は5月の熱気に霞んで見えた。

春日山城跡−2

本丸へと続く山道はまだ続く。途中で毎日の日課で登っているという老人とすれ違ったが、足取りも軽く、はつらつとした様子だった。変わって自分は息も絶え絶え、挨拶もろくにできないという体たらくである。それでも体に鞭打つように足を進める。当時、薬草を植えたといわれる「お花畑」、出陣の際に戦術を練ったといわれる「毘沙門堂」、「諏訪堂」、「護摩堂」を過ぎ、ようやく「本丸・天守台」に辿り着く。ここからの眺めを謙信も望んだのであろうか。そう考えただけで、それまでの道程を清々しく思うことができた。頸城平野はやはり霞んで見えたが、そこから望む景色はやはり格別であった。

天守閣から眺める頸城平野
天守閣から眺める頸城平野
花畑跡毘沙門堂本丸跡
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今回は上越市観光課の『謙信公コース』を基に散策しました。 他にも「春日山巡りコース」は3コースあり、時間と目的に合ったコースが選べます。

マップ

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