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教育委員会記者会見内容(平成29年11月21日)

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年12月15日更新

日時:平成29年11月21日(火曜日)午後2時30分~午後3時45分
会場:市役所401会議室

 国宝謙信公太刀収集事業について

資料

質疑概要

(教育長)
 それでは、教育委員会から国宝謙信公太刀収集事業についてご説明いたします。

(資料をもとに説明)

(記者)
 最後の交渉となった11月8日の具体的なやり取りを教えてください。

(部長)
 所有者からは、まず冒頭「この話について縁がなかったということで、終わりにしたい」と話がありました。その理由は「3億2000万円プラス上乗せを自分は望んでいた。もともと10億円の価値があるものと考えている。その意味で上越市の評価額である3億2000万円とは大きな乖離がある。」ということでした。3億2000万円は公的な評価をした金額であることをお伝えしましたところ、所有者は「評価ではなく金額というものは、その時のその相手による金額である」との話をされました。

(記者)
 所有者がこれほどプラスアルファの部分に期待したというのは、そもそも文化庁に提出した売渡申出のほかに、市から内諾書のようなものを提出していたのではなかったのでしょうか。

(教育長) 
  この太刀は国宝であり定価があるものではありません。一物一価、相対取引の中で成立するものであります。市としては評価額を以て臨むわけで、その時に、仮の契約書であるとか、内諾書であるとか、行政上予算にないものを発行することはできません。あくまでも公的機関としての契約になりますので、内諾書などというものはありません。

(記者)
 平成29年度予算を成立させたあたりで金額について齟齬が生じ始めていたようですが、市として所有者の希望する金額との乖離を認識し始めたのはいつですか。

(教育長)
 所有者の意向確認は、面会或いはメールで行われました。当初、所有者は10億円を提示していましたが、我々も他の博物館などに確認するなかで金額の目途として、3億円前後と提示しつつ、行政として行える提示として、価格評価の3億2000万円とさせていただきました。その時点でご本人から、スタートの金額が3億円だというメールや、もう少し貰えないだろうかというようにも読み取れるメールが来ておりました。その都度、我々は役所のルールを説明し、「評価額で購入したい」ということを申し上げるたびに、それに対する否定はありませんでした。
 本人は仮契約をお望みでしたが、それは議会の手続き上できませんので、我々はできる限りの手立てとして12月にメールで契約書はこういう文案になるという旨をお送りして、ご安心いただいたものと思っていました。それが3月のメールでは自分の主張が理解されていない旨のお話が来るようになりましたので、明確にご意志を明らかにされ始めたのが、予算取得後だと認識しています。

(記者)
 予算の執行は3月31日まで可能なはずですが、ここで打ち切って12月定例会に減額の補正予算を上程される理由を教えてください。

(教育長)
 現時点で、所有者の手取りで5億円と明らかにされています。民間での売買であれば3億2000万円に税金がかかり5億円位になります。しかし、今度は公共でも手取りで5億円ということであれば、とても折り合える金額ではない。私どもは公共が取得することを前提に鑑定を受け、その金額以上で購入するということは、私どもの判断としてはあり得ないということです。

(部長)
 11月8日に私が6回目の面会をして、縁がなかったという話を切り出され、本当に3億2000万円では駄目なのかと繰り返し尋ねました。そこで帰ってきた言葉が、「駄目です、もう終わりにします」。さらに、これは私個人としてお尋ねしたのですが、例えば1年、2年、時間を置いた中でもう一度協議をするチャンスがあるか、という問いかけに対しても、「ありません」と明確な答えがありましたので、11月8日の面談を以て交渉が決裂したと理解しています。

(記者)
 7月6日に3回目の面会が終わった後、所有者の方から市の対応を訝しむメールが来るまで半年近くあるのですが、この間、市の方で働きかけが足りなかったのではないかと思いますが、所有者とのやり取りはどうだったのですか。

(教育長)
 仮契約ができない我々にとって、所有者の方と連絡を密にし、思いを同じくしていることは極めて大事なことです。当然ながら、ご連絡、用務として担当者はその点を非常に配慮する中で、市民の皆さんの盛り上がり状況であるとか、これから募金をしていく状況であるとか、市民の皆さんが刀を市民の宝として待ち受けている旨のご連絡をさせていただいていました。ただし、金額に関しては取引の中で一度決まったという認識ですから、そういった会話より機会があれば上越にお越しいただけませんか、というやり取りをしていました。

(記者)
 もう少し早めに所有者に売却の意向が無いか聞けたかと思いますが、例えば今年市長選挙があって、村山市長の選挙に影響があるとか、そういう考えはありましたか。

(教育長)
 全くありません。この間、11月8日の面会もようやく実現した面会でございます。基本的には面会を非常に望まない方でした。ただし、極めて重要な局面において、民間レベルでは即金で払えるものを、手続き的に市民同意を得たり、また補正予算を組んだり、また議会で審議いただいたということで民間とは違う行政としての手続きは大変時間がかかることをご理解いただかないと、齟齬は生じます。しかも3月以降何度も是非会わせてくださいというような直談判をしましたが、面会できないという意志表示があり、最終的に部長が会えたのが11月8日です。

(記者)
 行政のお金の出方は充分理解してもらったということで良いですか。

(教育長)
 そう思っております。丁寧に説明してきましたし、公的な支出を全く知らない方ではないと思っております。

(記者)
 博物館の目玉企画になるような大きな中身が無くなったように思うのですが、これから先どういう方針でしょうか。

(教育長)
 博物館の改修は、安土桃山以降の上越市の通史を示す博物館にしようという基本コンセプトでこの太刀取得の話が出てくる以前から進めていました。太刀の展示を予定していたコーナーは、展示室に入り上越・高田の歴史・上越の歴史が安土桃山から開いていくなかの三番目くらいの展示でございますので、今後ケースの大きさを工夫して春日山時代、上杉謙信公から景勝時代を表す展示をしていきます。基本的なコンセプトに影響はないと考えています。

(記者)
 今の時点で考えている展示物の構想があれば教えてください。

(教育長)
 今日は皆さんに購入断念を発表している場でございますし、具体的な内容については少しお時間を頂戴したいと思います。

(記者)
 購入できなかった理由として解釈に齟齬が生じたこととありますが、教育委員会として解釈をお互い確認すべきという点が不足したのではないかという認識を持っていますか。

(教育長)
 3月ごろから明らかにご本人のスタンスを明確に語られるようになりました。
 教育委員会として、例えば「本日予算を編んで財政課へ提出しました。これから手順を踏んでお支払いできるような予算になりますよ。」というメールに対して、返事がない場合も多かったのは事実です。そういうコミュニケーションの取り方をする方だということは把握しておりましたので、こちらからのご報告は極めてこまめに行いましたし、やるべきことはやっていたと信じています。

(記者)
 今年の9月5日、所有者から「白紙に戻したい」と示されたと思うのですが、その後の議会の委員会ではどういう形で報告されていたのでしょうか。

(教育長)
 9月5日に所有者から市長宛書簡に「白紙に戻したい」というような意向が書いてありました。極めて重要なことであるため、「メールや手紙で終末を迎えるわけには絶対いかない、本当の事情を直接お聞きしないと次に進むことができない」というスタンスの中で面会を希望してまいりました。その最中の9月の文教経済常任委員会では、「現在金額が折り合わず引き続き交渉中です」という報告をさせていただきました。

(記者)
 この段階では、白紙の意向を持っている説明はしなかったということですか。

(部長)
 はい、そうです。

(記者)
 今年度予算で関連事業として3億3079万円で計上していると思うのですが、この中ですでに使ったもの、どのような形で使ったのか具体的な金額を含めてお願いします。

(部長)
 昨年度からこの事業が始まっております。2年間の合計執行額は99万6,000円です。平成28年で63万7,000円。内容はチラシ、パンフレット、市民会議への負担金。29年度は、35万8,000円。内訳は所有者と面会するための旅費等です。合計で99万6,000円を執行しております。今後の執行見込みは、寄附金を返還するための郵送料等70万円くらいが見込まれており、合せて約170万円がこの事業での執行見込と捉えています。

(記者)
 最終的にそういう金額が出てしまったことについては、どのように受けとめていますか。

(部長)
 使ってきたことは事実です。そして結果として今日記者会見を通じて市民の方にお話し、また議会を通して市民の方にご説明していこうと思っております。本当に総じて残念であるし、大変申し訳なかったという気持ちでございます。

(記者)
 すでにある程度の寄附金が市に寄せられているかと思うのですが、その返却に向けた方法や、金額的なものはどのようにお考えでしょうか。

(教育長)
 平成28年度・29年度、2年間にわたって寄付金が平成28年度は合計3,656万円。平成29年度は現在までに3,695万円。合計7,350万円という金額を頂いております。今回購入を断念するということで、寄附された方々に返金をさせていただきたいと考えております。そのうち約53万円が募金箱での寄附であり、これにつきましては、どなたか分かりかねますので、返金することができないと考えています。また、ふるさと納税の中に「市長にお任せ分」という項目があり、一部を太刀購入に充てようとしていたものを、違う使途に振り向けさせていただきたいと考えています。

(記者)
 相手方との齟齬を感じた時点というのは、3月議会の議決後ですか。

(教育長)
 議決後ではなく、上程後です。3月2日に面会し、契約までの手続きについて協議できたわけですし、我々としては大丈夫だと思う状態まで行っていたと考えています。

(記者) 結果論かもしれませんが、8日の時点で値段を上げてくださいと私信に示されていて、議会はその間その情報なしに予算を議決しているという点はどのようにお考えですか。

(教育長) その時点では、もう一度説得をすれば大丈夫だというふうに判断し、そのままの予算で通させていただいた、ということです。我々が断念をしたのは11月8日の面会でございます。

(記者)
 購入にあたっては教育委員会が主体、中心になっておられますが、上越市長は一切直接の関与はないのでしょうか。

(教育長)
 教育委員会は別機関です。その都度市長に報告し、市長としてご指示をいただいたところもございます。あくまで教育委員会が決めたものを市長が予算を認めていくという仕組みです。教育委員会の中で完結してきたつもりです。

(記者)
 教育長は、何回ほど所有者と面会されていますか。

(教育長)
 私は当時教育次長として、28年7月6日にお会いしております。
 行政として伝えなければならない極めて大事な日でありましたので私が行きました。

(記者)
 教育長は国宝とはいえ、個人取引であれば、相対取引は成立すると。また一般の方からすると国宝を勝手に金儲けのために使っていいのかという感覚もある。海外ではすごい美術品が売買されている。この方はそういう売買の経験があったでしょうか。

(教育長)
 ご本人が収集したわけではありませんが、祖父が収集家として、有名な方でありますので、いろいろな売り方をされたのだと思います。ただ国宝に関しては、そのような売り方はできませんので、文化庁への申請が必要です。私たちが知っている限りではしっかりした取引をされてきたのではないかと思っております。

(記者)
 総合博物館がリニューアルされたらこの太刀を借りてくるというのはどうでしょうか。

(教育長)
 100キロマラソンに「謙信の郷」という名称を付けたときに、当時周辺の町村から謙信というのは上越地域全体を表す言葉ではなく、上越市の言葉ではないかと言われた記憶がございます。今回、太刀の取得で28の区を回った理由のひとつは、やはり上杉謙信公を、合併した上越市の中で市民を挙げて大事にしようという機運を、これをきっかけに盛り上げたかった。つまりモノで終わらせたくなかった。コトにしていきたかったという思いが強くありました。謙信公の刀というものは得られないことになりますが、この間経験した皆さんとのやり取りや謙信公に寄せる思いを何らかのコトにつなげるのが、今回のてん末の最終章として必要だという意識があります。ただそれが直接的にそれを借りてくることかと問われれば、今私は可能であるとは言えないです。

(記者)
 3月8日のメールで契約額変更の希望と書いてありますが、このとき相手は具体的な金額を言われたのですか。

(部長)
 平成29年の3月8日で、5億円という話であります。

(記者)
 そのあとに7月19日に教育長名で書簡を発送、3億2000万円は双方合意した金額であることを提示したと改めて示したわけですけれど、それに対する反論は、合意してないというような意志表示はありましたか。

(部長)
 3月8日に希望額が5億円ということもお聞きしました。その後も複数回にわたり、さまざまな金額の上乗せというものを提示してこられます。その時その時でいくつか違う数字が出てきました。最終的に直接会って確認したものは、手取りで5億円というものを確認したことから、今のような判断になっております。

(記者)
 7月19日の書簡で3億2000万円で双方合意した金額であるというのですが、それを合意したというのは相手も合意したということを含めると解していいのでしょうか。

(部長)
 7月19日に、3億2000万円は双方合意した金額ですねという教育長書簡を送りました。それに対しては「当初から3億円で手放す気は毛頭ない」というメールが来ております。8月2日には改めて5億円という話も聞いています。

(教育長)
 7月6日の面会時に、取得の取組を伝えたときの答えとして、所有者からは、上越市民もしくは我々の熱意をすごく感じたと伝えられ、我々の熱意が通じたという瞬間がありました。

(記者) 3月2日に所有者と面会して、諸般の手続きを話され反論がなかったことから、ご理解いただいたとのことですが、その1週間後に5億円と連絡がきた。その時はついこの間話したばかりで大丈夫だと思ったといいますが、確認はしなかったのですか。

(教育長)
 3月2日に担当を行かせました。議決前に予算を上程したということと同時に、できれば議決後ただちに契約準備に入って早い時期に契約を締結したいということです。その時には契約前提ですので、契約に必要な事項、例えば分割して振り込んでいいとか、保険はどちらが負担するかなど、かなり具体の話をさせていただき、輸送料は上越市で持ってほしいという希望もお聞きし、改めて仮契約書を見る中で確認をした事項ですので、これは通常の認識を有しているものであれば間違いなく契約出来ると思います。その中で8日にメールが来たときに、どうしたんだろう、ということですね。12月に確かにそういう事案があって、私たちの理解では12月は心配になられたんだろうと、契約書の草案をお送りする中で、しかも財政課に予算案を提出したことを伝える等我々のできる最大限をした。それが8日にひっくり返るわけですから、とてもショックだったし、どうしたんだろうと、いうことで真意を確認するため、送った返信を紹介します。

(部長)
 3月8日の5億円というメールに対して、大変驚いたということ、すぐに事情を知りたい、お会いしてじっくりお話を聞かせていただきたいということで、面会の要望を複数回にわたって出しております。合わせて議会の審議が進んでおりましたので、3月の末には議会の最終日で予算が採決されたというような状況の報告もしております。

(記者)
 よく分からないような状況で、予算を成立してしまったということについて、まずいと思わなかったのでしょうか。

(教育長)
 今までの積み重ねの中で絶対にこれは成就するのだと私たちは信じておりましたので、そのまま予算をお願いする。これまで予算がないので仮契約もできなかった。むしろお金を、早く議決いただければ、金額で示していけるので我々は議会議決については迷いませんでした。

(記者)
 現実問題として予算が3億2000万円という額に決定した時に少しずつおかしくなっていたということでしょうか。

(教育長)
 これは印象ですが、議会に提案した時からという時期は一致していると思います。

(記者)
 所有者が提示された5億円の根拠はあったのでしょうか。また、所有者側と膠着状態に陥った時に、間に誰か仲介、専門家を立てることを検討されなかったのでしょうか。

(教育長)
 根拠はないと思います。私どもとしてご本人から鑑定したのでそうだというお話をうかがったことは一度もありません。ただ、ご本人の思いとして非常に大変な思いをして収集された経緯からすれば、このくらいの価値があると思っているという伝聞はありましたが、評価を得たものではないと思います。
 2点目について、人を間に立てるということをお嫌いでした。文化庁へ出された文書は重いものだと思います。一物一価だから金額を足せばいいじゃないかという思いの市民の方も大勢いらっしゃると思うのですが、行政の責務としてやはりそこは譲れない部分です。識見をお持ちの方から、それは絶対譲るべきではないというご指導もいただいております。

(記者)
 もし齟齬、手違いがあったとすれば、あえて言えばこの辺に躓きがあったのではないかということを振り返っていただければと思います。

(教育長)
 全体を振り返って見たときの総括として、市民の皆さんに国宝を取得するということを提案し、市長にお願いし、説明会をさせていただき、多くのみなさまから思いを寄せられ寄附金もいただきました。
 その結果として買うことができなかった。このことは本当に申し訳ないと思います。個人としても、教育委員会としても、極めて残念ということでございます。
 7月6日から一年半くらい経過し、その間、仮契約ができない状況で時間が流れました。我々としてはメールという手段に限られていましたが、手を握り続ける手法ではなかったのかなという思いはございます。では他にどんな方法があったのかというと、なかなか答えを見つけられません。
 本日できるだけすべてを詳らかにしようと詳細な経緯を説明させていただきました。最終的には、お金を出してくださった方、そうでない方も含め、28の区域を回った時のその熱意、私たちはしっかり受け止めてここまで自信を持って進めてきたわけですが、最終的にはその思いを受け止めることができなかった。私どもとしてその思いをもう一度受け止めて、なんらかの文化行政、教育行政に生かして参りたいと思っています。