トップページ > 市長の部屋 > 3期目村山市長就任の記者取材(平成29年11月9日)

3期目村山市長就任の記者取材(平成29年11月9日)

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年11月29日更新

日時:平成29年11月9日(木曜日) 午後3時~4時10分
会場:市役所応接室

平成30年産からの米政策について

(記者) 
 農業問題についてお訪ねします。来年度から国による生産数量目標の配分廃止ということが控えている中で、10月23日の会見の中で地域別の所得補償を検討したいとのお話をされていたかと思いますが、その真意について、聞かせていただきたいと思います。

(市長)  
 平成30年度に作るコメの量はいくら作ってもいいという形になって、交付金がなくなるという制度になった段階で、米の流通を含めてどういう農業の形態になるのか、所得の形態になるのか、それを検証しながら行政、市の単位で何か支援する方法があるかどうか。
 生産不利地と平場を見た時に農業に対する意欲みたいなものをどうやって保持するかということが大事な問題だと思っていまして、そのことを少し検討する必要があるという思いで、お話をさせていただいたので、補償制度という言葉を使いました。
 平成30年産米の流通が始まった時、山手の皆さんと平場の皆さんの状況を少し研究しながら手を入れていく必要があるというのがお話した真意です。

(記者)
 そうしますと、国や県の動きをまず見て、あるいは来年度動き出してから市の方で対策をとっていくということになりますか。 

(市長) 
 確実に7,500円という1反当たりの交付金がなくなりますし、米はいくらでも作って良いという状況になります。県で一定の生産目標みたいなものを示したとは言いながらも、どういう状況になるか全く見えません。平成30年産米の取り組みが始まったらその状況を見ながら考えていく必要があると思っています。
 農村の疲弊とか、農地の荒廃とかにつながっていくことにならないように考え、何か手を尽くすことが必要ではないかと考えています。

市街地の活性化について

(記者) 弊社の方で今回、500人を対象に出口調査を行ったところ、大体4割強の方が市街地再生、まちづくりということについて、新市長に期待することとして一番多かったお答えになっていました。続いて医療・福祉の充実、子育て支援ということがあげられていました。こういう声が実際に出ていることについて、改めてどうお考えになるでしょうか。

(市長) 
 この市街地の活性化というのは、言われて相当久しいです。これは上越だけでなく全国的にそうであり、成功しているという地域を訪ねてみても、そんなに大きな成功例はないと思っています。
 商店街からデパートがなくなり、商店街に色々な業種があって街区を形成したけれども、駐車場の問題でしょうか、車の問題でしょうか、人が集まらない、郊外型の所へ出ていく、最近では物を買うには現物を店で見てインターネットで買うという状況にもなってきていて、生活の形態が大きく変わってきていると思います。その形態が変わってきている中で、中心市街地、商店街、商工業、今の話からすると、それぞれの事業者の知恵も工夫もいるだろと思うし、行政がひとえに出来るものではないと思います。
 ですから、一つの成功した事例がすべてに該当するかどうかということも、なかなか難しいと思いますので、新しい取り組みを色々な世代の人たちの話を聞きながら取り組んでいく必要があると思っています。期待はされていますが、なかなか難しいから期待されることも大きいと思っています。全国どこでも、そのような課題を抱えており、この地域だけで成功するというのはなかなか難しい状況にあると思います。
 私は商店街というのは、本屋さんがあって、肉屋さんがあって、靴屋さんがあって、せんべい屋さんがあって、中には画廊もあったりとか。あそこの商店街に行けば、食べ物も履物も服も薬もみんな買えるという便利さは、高田の本町にはあるわけです。そういう商店街の皆さんが同じ思いの中で一体になって何か発信していくというのもまた大事だと思います。
 行政の出来る部分と民間の個店の皆さんが力を合わせて頑張ってもらう部分というのが、それぞれあると思っています。

市長選挙を振り返っての所感について

(記者) 
 今回は選挙戦を振り返ってどういうものだったでしょうか。

(市長)
 私自身もそうですし、相手候補もそうでしょうけれども、自分がやってきたことを、きちんと皆さんに伝えていこうという、非常にそれぞれの持ち味のあった選挙だったと思います。
 なかなか選挙以外の所で言えなかったような、やってきたことと、これからやりたいこと、中にはビジョンがないと随分言われましたけれども、8年間関わってきた中で作った第6次総合計画そのものが大きなまちづくりのビジョンです。
 改めてそのビジョンというものを問うというものではないと思います。その中で私自身は、合併した中の思いからすると、人と人の関係性、そういうものの中に共生していく、このまちが働きやすいまちである、ボランティアが出来る、そして勤めることにも非常にコンパクトで良いまちであるという、そういうまちの姿みたいなものを4本の柱の中で訴えて、第6次総合計画を前提としながら84本の公約を示したところです。
 私は自分自身がやってきた8年間を自分で振り返りながら、第6次総合計画をこれから続けていく、結果は結果としても、私は選挙の中では訴えたいことは訴えられたと満足しています。

(記者)
 約1,500票差という僅差での信任になりましたけれども、どのように受け止めていらっしゃいますか。

(市長) 
 票数的に見れば半分の皆さんが反対だったというか、相手候補を選んだわけです。けれども、相手候補に期待したものと、私に期待したものが、同数だったとして理解すると、相手候補に期待されたものが何か、そのことを私自身が受けとめる必要があると思います。
 私自身に信任していただいた皆さんについては、私自身の思いを共感していただいたと思いますから、前回もお話しましたように、率直にそのことは受け止めながら行政を行っていく思いであります。

(記者)
 市民の方からは市街地の再生というのが要望で出ているというお話もありましたけれども、3期目にあたって抱負というものは。

(市長)
 市街地をどうやって集約・収斂させながら上越のまちを作っていくか、という議論もあるだろうと思います。
 はっきり言えば、市民の皆さんの思いは多様だと思いますし、それぞれが個性、個人的な思いをきちんと持っておられる方が発言されていると思いますので、何が大事で何が大事でないということではなくて、多様な市民の皆さんが思っていることをきちんと聞き取りながら、また我々が感じながら行政をしていく必要があると思います。

(記者)
 3期目に達成したいことは。 

(市長)
 3期目といいながらも平成32年になりますと今の財政的には、残念ながら予定通り苦しい状況になり、それまでに備えはきちんとしなくてはいけないということです。
 高齢化してくる福祉の中で、自助・共助といわれるものが薄くなる、高齢化とともに地域がそういう状況が来ることに対する備えをしっかりしなくてはいけないと考えています。
 それから少子化によって、教育の状況・環境が大きく変わるということも3年・5年の間に確実にもっと大きく変化すると思っています。これは合併して12年が経って、これが顕在化しているわけです。5年経った時に小学校に入学する子がいないという学校も出てくるかもしれません。その中で子どもたちの教育の環境、その前段にある子育てをしやすい環境をどうやって作っていくかということも大事だと思っています。
 今回、板倉区の地域協議会で小学校の統合について、なかなか難しいと言われていたものを、またもう1回考え始めるということになっています。そういうことを考えていかなくてはならない状況をその地域で、しっかりと選択できる必要があると思っています。
 ある程度財政の先が見えてきましたので、次は人がどういう営みをしやすいか、していけるような状況を作っていければと思っています。 

(記者)
 選挙というのは一番に市民の声を聞いたり、市長の考えをお話して意見を聞く場面だと思っています。第6次総合計画ができてから、選挙があったわけなので、その選挙戦の中で、これは自分が思っていた以上に取り組まなくてはいけないという点があれば教えていただきたい。

(市長)
 結果的にまちづくりの方向性の議論が今回の選挙だったと思っています。私はまちづくりの方向性が今回の問いかけで、市民に問うたことだと思っています。
 争点がほとんどなかったわけですけれども、大きな差としては、地域に予算を付けるとか相手候補がおっしゃったこと。地域を大事にするという方向性、まさに13区の元気が上越市の元気につながるという論法だったと思います。
 それはそれで間違っているわけではないと思いますし、その思いの中で取り組まれると思いますが、私は逆にいうならこれだけ過疎化が進んで高齢化が進んできた中山間地域を含めた各13区、今年は生まれた人が2人とか3人とか子どもたちがそういう状況にある中で、この地域でもって完結することが出来ないからこそ合併したと思っていまして、それが12年前の決断だったと思います。
 この合併したことの思いというものを1つにしながら、福祉であったり、農業であったり、教育であったりというものを上越市として考えていく必要があります。
 具体的な例では、小・中学校が30人を切ってしまった、旧村が合併しなかったとすれば、1学年が3人、5人というその状況をいつまで続けていけるか。
 違う村の小学校に、違う町の小学校に子どもたちを通わせることができるかということになります。それが上越市という合併したことによって、旧村の名前がついた学校かもしれないけれども、上越市の中であれば、上越市のなんとか小学校と小学校が一緒になったと。それが将来を見据えた合併だと思うし、財政の取り組みの状況、厳しさの中での選択だったと私は思っています。 

医療・介護における2025年問題について

(記者)
 2025年問題について、その備えをしていかなくてはいけないというお話だったと思いますが、この4年間でやる具体的な方策があれば。 

(市長)
 一番やらなくてはいけないのは、シミュレーションだと思います。介護の率がどれだけあがるかということと、そのときの疾病率がどうなるか、医療と福祉の関係がどうなるか、これは医療構想の中での病床、上越の急性期の病院と慢性期の病院が偏在している中で、その偏在をどうやって吸収するか、そのことも大事だと思っています。
 2025年、多分これは施設の中で介護はできないと思います。上越の場合、これだけ福祉施設があっても施設介護は難しい状況にあると思いますので、在宅でやるとなったときにどういうケアの仕方、サービスの仕方があるかというのを、今からその対象がどれくらいで、そのときの介護の中の質はどういうものが必要かということを洗い出す。これが地域包括ケアシステムの大きな取り組みの方向性だと思います。
 言葉だけではなく、具体的に我々が数字をはじき出して、在宅でのサービスをどうするか、そういうものをきちんとやっていく必要があると思います。施設に入った場合の負担はどうなるかとか、夫婦2人で入った場合はどうか、そういうことも含めてしっかりとシミュレーションをする。
 確実に高齢化が進んで33パーセント、3人に1人は65歳以上。そのうちの6割以上が75歳以上というのが4年から5年後に必ずくるわけです。そのときの社会の姿というものを想定しながらしっかりとやらないといけない。

(記者)
 その準備として具体的にありますか。

(市長)
 これは人口統計を含めて、医療の給付の実態、それから医療サービス、在宅の施策を含めてシミュレーションできますので、新しい年度でどれくらい出来るかわかりませんけれども、そのシミュレーションをきちんとすることによって、どのようなサービスがこの地域で提供できて、どういう人たちを対象にどんなことができるかという、そのモデルを作れれば、2025年問題の上越バージョンみたいなものが少しイメージできるようにしなくてはいけないと思っています。

(記者)
 介護保険適用外の部分について、市の単独で在宅ケアをしていこうということですか。

(市長)
 2025年になったときに介護認定を受ける人が確実に増えてくるだろうと思います。ですから、介護認定を受ける人たちが圧倒的に多くなったとき、この施設では対応できなくなるだろうと思います。そうすると増えた分がすべて施設で対応できないだろうから在宅対応になる。在宅対応になるときのサービスの仕方が、お風呂もあるだろうし、食事もあるだろうし、訪問介護も訪問看護もあるかもしれない。
 それが自分の年金だけで生活できるか、それから上越市としてのそこに対する支援、財政的にどれだけの余力があるか、そのことが心配だと思っています。

(記者)
 おばあちゃんが施設に行く。残ったおじいちゃんは介護認定をされていない、こちらに対しても市は何らかの支援をされていくということですか。

(市長)
 介護保険が使えないおじいちゃんをどうやって支えていくかというのが大事です。そのおじいちゃんが一人でご飯が作れないとすればそのご飯を誰が作るかとなりますが、介護保険の認定が受けられなくても、ヘルパー制度があるわけです。

(記者) そこに市が、お金を出していく、市が直接手を出していくということになるわけですか。 

(市長)
 そういうことがあった場合、息子さんがいて支援するとか、いろいろ個別には違いますが、我々は黙ってみているわけにはいかないし、その人が大変だから朝昼晩弁当でどうですかということもあるかもしれない。そういうことを福祉のサイドとして見ていく必要があるだろうと思っています。
 見ていくときに所得を補償することはできないけれども、そういう人たちをどうやって地域の中で営んで暮らしていけるような状況を作っていくかということも大事なことだと思っています。いろいろなパターンをどうやって我々が支えていくか、今から予定しておかなくては大変なものになると思っています。
 だから今、実施しているのは、ふれあいランチサービスという、あれは市が何千万円も出していますよね。そういうもののプラスアルファになるかどうかは別ですが、どういう新しい取り組みが必要かというのを議論しなくてはいけないと思っています。

上越地域医療センター病院の建設地について

(記者)
 上越地域医療センター病院の基本構想策定委員会の関係について、市民の皆さんが注目されている建設地に関しての議論が11月に行われると思います。この見通し、予定というのをお聞かせ願います。

(市長)
 第3回目にいろいろなデータで候補地にあげられている場所や要望のある地域の状況を整理しながら検討委員会で話をされると思っています。その中でそれぞれの良さとか、適正さみたいなものを付言すると思います。委員の皆さんから忌憚のない意見をいただく中でどこがいいか、どうあるべきかだと思います。
 この間も高田地区の町内会長協議会、それから地域協議会からも高田地区にという要望をいただきました。それは、現在地ということでありましたけれども、そのような要望や、何千人の署名がありましたので、それはきちんと事務局を通じて検討委員会の方に報告をしながら検討委員会の議論を踏まえるようお願いしたいと思っています。

(記者)
 いつぐらいには決定されますか。

(市長)
 スタート時点では、会議の回数は4回としましたが、進捗状況を私が聞いている段階では、医療の機能だとか、役割だとかいうのを整理したので、今度は具体の面積だとか、事業費なども議論されていくと聞いています。4回で終わるかなと思っているのですが、4回に固執することなく、次の年に渡ってもと、事務局では思っているのではないかと思います。

(記者)
 市長は11月ごろに選定するというような認識を示されたというような話を聞いているのですが。

(市長) 議論をしている間の中でそんなに拙速でなくてもいいのではないかとか、もう少し議論することがあるのではないか、4回という話だったけれども、少し延びるかもしれないし、4回でまとめることもあるかもしれません。
 逆算するとこの施設を作るにも合併特例債の活用を検討していますので、平成36年までに完成しなくてはいけませんが、まだ少し時間があるかなと思います。

(記者)
 ちなみに今のところ3地域から要望が出ていると思いますが、市長の現在の考えとしては、建設場所はどこが望ましいと思っていますか。

(市長)
 それは委員会にお願いして議論していただくことになっていますから、私自身は委員会の中で決まったことを最大限に尊重したいと思っています。

小学校・中学校の統廃合について

(記者) 学校の統廃合の関係ですけれども、先ほど市長がおっしゃったように、いろいろ聞いてみると議論に5~6年というのは、他の合併したところでも同じくらいかかっていて、下手すると10年かかっていて、子どもが中学生になってしまうということを見てきました。
 市は介入しないで、あくまで住民サイドの議論が熟すのを待つという形ですか。それとも、例えば文部科学省案の小学校・中学校の定数に沿った形で集約するとこういう形になって、残念ながらこの区から小学校が消えますよ、と踏み込んだ案を市として、教育委員会として出すというお考えはありませんか。 

(市長)
 地域の意識の高揚によって合併、統合するという方向性が出てくるのもあるし、こういう学校は子どもたちの学びの環境としては大変な環境であるため皆さんどうですかと、我々はこの学校とこの学校について一つの状況に考えていますがと提案するという2つの方法を今回打ち出していくことを教育委員会では話しています。
 時代としては、教育委員会から地域に投げかけるという方向にはなりつつあると思います。 

市民との対話集会について

(記者)
 今後具体的に、市民の声を聞いて、どのように反映されるというビジョンをお考えでしょうか。

(市長)
 市民がどういう思いがあって、市民がどういうものを考えておられるか、今までやってきたキャッチボールトークのようなものを含めて、具体に市民の声を聞きながらやっていくことも大事だとお話しました。説明するのではなくて、市民がどんな思いをなされているか、そのことを聞き取る中で、行政を進めていく必要があると思っています。

(記者)
 いつごろからどのような手法で。

(市長)
 これは年度が変わる必要がないわけですので、冬場でも出ていく方法もあります。
 最初は全くフリーで聞きましたが、何回もやっていくうちにみんな段取りして、皆さんどんな質問ありますか、みたいな話になり、儀式みたいになってきました。
 今回はその方法を少し変えて、地域に行きながら車座になってでもいいし、雪の中で雪下ろししているところに訪ねていって、どんな苦労がありますかと聞くのも1つの方法でしょう。あんまり肩ひじ張らないで、形はこだわらないで、少し柔軟に地域に入って話を聞ければと思っています。

地域協議会の見直しについて

(記者) 合併から10年以上経過して、地域協議会の制度設計をもう一回見直すとか、区割りを改めて見直す、その辺の手を付けていく考えはありますか。

(市長) 
 地域協議会は自主的な議論をしながら、地域の自治というものを、意見を聞きながら収斂させて、地域のことを発信していくものだと思っていました。
 合併した13町村の皆さんにとっては、合併することで埋没してしまうから、我々自身がきちんとしたことを自分たちの自治でやろうというのが、合併特例法の中の地域協議会、地域自治区でした。
 平成21年10月には、合併前上越市の区域へ導入し、全市域での制度がスタートしました。合併前上越市の15区というのは、旧村・町を単位にして決めました。直江津と高田に1つずつと思っていたら、昔の町村単位、合併前の昭和29年とか30年に戻して、その地域の中で自分たちの思いを収斂させながらまちづくりに生かしましょうとなりました。
 13区の地域協議会というのは町内会長とか、商工会とか、地域のPTAとか、色々な人たちと関わって、旧村単位で色々な議論ができるわけです。だけど、15区には町内会はあるかもしれないけれども、商工会はありません。どういう団体と地域の課題を整理するかというのは、なかなか難しい状況だと思います。その違いみたいなものは本質的にあると思っています。
 そこから出てくるものは、地域の課題を自ら解決する議論をする場として、その中で解決し、必要なものは行政に求めるという話をするような状況だと思いますから、これは少し時間がかかることと思っています。 

(記者) 
 その中で一つ区割りを見直すとか、頸南、頸北でまとめるというのも個人的には一つの手かなと思いますけれども、一体感と個性の維持という中での地域協議会の在り様というのでしょうか、今、現在どんな立ち位置にあると思いますか。

(市長) 
 例えば、柿崎区総合事務所の区域は頸北です。その柿崎の区域には大潟区と吉川区が入っていますが、同じ頸北の頸城区、三和区については、木田で調整することになっています。
 そういう面では、ずれというものがあって、こういう区割りの状況の中で、7年動いてきましたけれども、もう少し地域の皆さんの声を聞く必要があると思っています。

3期目のスタートにあたっての取組について

(記者) 
 今朝の訓示でも職員の方々に人口減少問題と少子高齢化で、人と人との関係を濃密にしていきたいというお話がありました。まず取り組まなくてはいけない課題とそれに対して、どのようにまずは取り組まれたいか、具体的な手法も含めて教えていただけますか。 

(市長)
 今までやってきたことの継続の部分もありますし、これからも予算を組まなくてはいけないという時期に来ています。
 やってきたことをきちんと整理をしながら、前に進んでいく、大きな目標を含めて整理をして、今度は予算の中にどれだけ活かしていくかということと、選挙で市民の皆さんに訴えてきたことのテーマがありますので、テーマを含めて、対応をしていく。そのことが一番大事かなと思っています。
 あまり大盤振る舞いして、あれもしたいこれもしたいというよりも、やってきたことを、スケジュール感を持ちながら、低きに流れずにハードルが少し高くても、そのハードルを越えていく努力を職員と一緒にしたいと強く思っています。今までの継続の中でやっていくことが大事かなと思っています。 

(記者) 
 人と人の関係を濃密にするというのは具体的にはどういうことが必要だと思いますか。 

(市長) 
 人と人の関係性といった話は、やはり残していくというのはつなげていく。生きるというのはつなげるという事だと思っています。
 地域だけで完結しなければ、地域と地域、そういうして関係性を広げていく中で、つながっていくという地域づくりが、人口が減少している中で大事だと思っていたので、人と人、人と地域、地域と地域の関係性をもう1回作って、そこに新しいエネルギー、地域の活力を作っていく必要があると思います。
 例えば、以前は隣の人に雪かきをしてやれたけど、自分もできなくなったという状況が出てきている。出来なければ下の地域からあがってきてもらうという関係性を広げていかなくては、過疎の中で、少子化、高齢化した地域は守っていけないと思っています。
 人と人の関係、人と地域の関係性みたいなもの、そういうものをもっと濃密にしないと、地域が守れない、集落が守れない、農地が守れないということになっていくのではないかという思いが、人と人の関係性を濃密にするという内容です。

 行財政改革について

(記者)
 行革、財政改革化を進めながら、第6次総合計画のやっていることを今後も推し進めていくというお考えでよろしいですか。

(市長) 
 もちろん、財政、まちの将来ビジョンというのは我々が将来都市像も含めて、議会にもかけた第6次総合計画があって、この方向で進んでいくという我々の将来ビジョンであること。その中でそのまちのビジョンを作っていくために我々が、財政とか、行政の肥大化とか、それから不要不急なものを削いでいきながら持続可能なまちを作っていくというのは、市民からの信頼を得る一つの手法でありますから、これを不断に続けていくという思いで取り組んでいきたいと思います。

(記者) 
 特にこの4年間、集中してやってきた行財政改革は、今以上にピッチを上げてやっていくことになるのでしょうか。

(市長)
 この行財政改革は、平成27年度末に146億まで積み上げてきた財政調整基金の残高が、今年、補正予算を組みますと113億まで減少します。これが毎年20億くらいずつ取り崩さなくてはいけませんので、5年間で100億を取り崩しますといくらも残りません。それが32年ですので、それまでにどうするかということです。
 一番大きなのは合併したことによって、地方交付税の一本算定で93億前後が一気に減る。そのうちの70パーセント相当を国が復活してくれますが、上越市の場合はどんなに見ても55パーセントくらいで、まだ約40億足らないのです。
 まずは、頑張って国から補てんしてもらえる努力をすれば、取り崩す金額の7割6割は補てんできるということになり、その先は行けるということになりますから、そのことは、行政の人間として国とやらなくてはいけないと思います。
 また、不要不急なものは残す必要がありません。不要不急なものを市民と話をしながらそこから浮いてくる財も足していかなくてはいけません。あるものをなくすことについては必ず非難が出ます。出ますが、あるものが不要なものであったことの理解があれば、そのことは説いていく事になると思っています。その辺に、これからの4年間、私自身がどうしても手を付けないといけないと思っています。
 行財政改革は先ほども言った信頼感を得るための1つの手法でありますので、理解を得る中でこれは不断に進めていく必要があると思っております。