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村山市長記者懇談会(平成26年7月)

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年9月3日更新

開催日:平成26年7月28日(月)


(市長)
 
23日から始まった上越まつりも今日の直江津の大民謡流しと明日のお饌米で終わります。直江津はこれから海水浴の時期を迎えますし、高田は蓮まつりが始まっていますので、まだまだこの本格的な夏をたくさんの人に楽しんでほしいと思っています。
 以前もお話した海の事故についてですが、上田市長さんから、事故があったけれども子どもたちはまた喜んで上越の夏の海を楽しませてもらいたいという添え書きのある手紙が今日届きました。事故のない夏を、海のない県の皆さんから楽しんでもらえたらと思っています。
 それから、高田開府400年の記念事業が7月4日~6日までありました。節目の祭りとして、我々も式典やいろいろな催事に取り組んだのですが、市民の皆さんもそれぞれに工夫して、自分たちの記憶に残そう、その時代の節目の記憶をつくろうという思いを一緒に持ってもらって、いろいろな取組があちこちで見られて本当によかったと思っています。お輿入れの行列は史実に則るわけではないかもしれませんが、子どもさんたちにも400年を記憶のどこかにとどめてもらえたのではないかと思っていますし、雪を持ってきたり、ペットボトルで三重櫓を作ったり、中学校でフォーラムをやったりと、それぞれの人たちがそれぞれの立場でこの節目を自分たちのものにしたいという非常に多彩な取組があったと思っています。評価はいろいろあると思いますけれども、ありがたかったです。これからまだ1年、記念事業が続きますので折に触れてということであります。
 そうしたところ、高田城本城御門の枡形土塁の発掘現場から23日の夕方、三葉葵の鬼瓦片が出土しました。三葉葵の瓦は新潟県内で初めての出土であると県にも言われていますが、松平忠輝公の時代なのか、松平光長公の時代なのか、本城御門の鬼瓦の一片、小さな三葉葵の内の一つの部分が出土したということです。徳川家に近い城は新潟県内では新発田にもありますが、県内では初めてということです。開府400年を記念して何かを残そうということで本城御門の発掘をしたのですが、ちょうど時機を得てよかったと思いますし、これもまた時代の中できちんと残っていくと思っています。
 報道機関の皆さんには一般公開に先立って、30日に発掘している現場で発掘の状況、他の出土品、確かシャチホコの鱗の部分も出てきたと思いますが、その辺のいきさつをお話させていただく機会を作れればと思っています。私も見せてもらいました。本当はきちんと学術的な整理をして皆さんにお見せするのでしょうが、県の皆さんからも一定の評価をいただいたり、愛知県の高浜市にあるやきものの里かわら美術館の教育研究課長をされている金子智先生からも葵のご紋についても間違いないというお話しをいただきました。10月4日から総合博物館で開催する「越後の都 高田 徳川家康の血族」展で、ここでは前回もお話した「初花」も展示しますが、合わせてきちんと整理をして皆さんにお見せできればと思っています。
 それから8月5日には、JR西日本のW7系が初入線します。上越妙高駅で午後1時半から入線の歓迎式を開きますが、市民など700人くらいが参加することになっています。1時半から2時20分までの40分間くらいで、石川県小松市の白山の操車場から入ってくる車両が糸魚川に止まり、上越へ来て、上越からまた白山へ帰るということです。
 それから、避難所の見直しがおおむね終わりました。300を超える避難所を緊急的なものと少し時間をかけて思案していただくものに整理ができましたことから、この8月15日から切り替わるということで市民の皆さんに説明をしています。
 しかし、この間も少し雨が降りますともう避難をしなくてはいけない。土砂災害警報が出ると古い避難所と新しい避難所をどうやって使い分けるかという課題もあったのですが、8月15日にはきちんと切り替えて職員の体制もしっかりとさせてということになると思います。市民の皆さんに周知しながら対応できればと思っているところであります。
 昨日は大きな夢を見させてもらいました。ドラマを見ているような野球の試合で感動がありました。新潟市でしたが、私自身も暑い中で本当に楽しみながらどきどきしたりわくわくしたり、時には鼻の奥がツンとしたりと、いろいろな思いがあった2時間半でした。懐かしい時間を過ごさせてもらったと思います。何年ぶりでしょうか高校野球を見るのは。10年くらい見ていなかったと思いますけれども、見る機会を与えてもらったし、またそれが感動的だったということで両チームの選手には感謝したいと思います。ちょうど今頃、あの好プレーを見たときには周りの人と肩を叩きながら選手を称えました。
 私からは以上です。ありがとうございました。

全国高等学校野球選手権新潟大会について

(記者)
 
今も最後お話にありました高校野球の決勝戦ですが、ご自身で行こうと決められたのですか?

(市長)
 
地元のチームがどれだけ残るかいつもそう思っているのですが、残念ながら決勝、ベスト4に残るチームがここ何年もなかったのです。今回は上越高校も含めて最後の方まで頑張ってこられたので、上越勢が決勝戦まで勝ち残ったら行きたいと思っていました。ちょうど日曜日で都合の合う時間帯でしたので行けたということです。

(記者)
 
どちらで見られたのですか?

(市長)
 
場所は3塁側の応援席で、関根学園の加藤校長先生と並んで見ていました。レフトに近かったものですから外野のファインプレーは本当に目の前で、ラインドライブがかかるライナー性の当たりにセンターが飛びついてダイビングキャッチしたときの感動は本当にすごかったですね。

集落ネットワークのモデル事業について

(記者)
 
以前、全国紙の一面で集落ネットワークのモデル事業が出ていました。中山間地域の人口減が厳しくなっている中で、いくつかの集落をまとめて、その中で生活コミュニティを作ることに政府が補助金を出す事業を新年度から始めると報道されていたのですが、そのような話を聞いていますか。聞いているのであれば、対応についてお教えください。

(市長)
 
我々が中山間地域の集落を面的に見て何かするというのはなかなか難しいことで、地域・地域のコミュニティがしっかりしていてお互いが手を出していくという形にならないと全体が強くならないのです。中山間地域を見てくると集落単位の結束が強いところと、集落が高齢化しているために力を出したいと思っても出せないところとの差がありますから、そのところをまず手を入れていかないと、点と点が面になるというのがなかなか難しいと思います。頭の中では考えられるのですが、現場でみるとやはり難しいことがあります。今の我々は集落の単位でどう見て、見ていったものをそれぞれの集落のまとめ役の皆さんたちがどうやって連結していったらいいか。国の政策を別にして我々はやっていますが、そのモデル事業になるかならないかはなかなか難しい部分があると思います。これからはそういう方向でやっていかなくてはいけないと思いますが、集落単位の力をつけないと繋がったとしてもなかなか難しいと思っていますので、そんな取り組みを中山間地域を含めてやっていきたいと思っています。我々の政策が今の国の政策と合致するようであればモデル事業をお願いすることになると思いますが、いずれにしても新しい年度は我々がやるべきことにきちんと取り組んでいきたいと思っています。

(記者)
 
集落単位に力というのはどういうことでしょうか。

(市長)
 
集落の中には、これ以上頑張っても頑張りきれないという集落も現実にあるのです。ではどういう手法があるのかということをまず整理しないと、その集落に外から人が入って何かすればいいといっても集落の人たちが動けない状態も出てくると思います。そういうときに隣の集落からどう関わっていけばいいか、関わるときの課題であるとか問題、そこには医療とか福祉も絡みますから、そういうものも織り交ぜながら物事をやっていくと思うので、そのモデルというか、そういうあり様を地域の中で一つ作っていく必要があると思っています。それが国の政策とピッタリ合うかどうかは別にして、体力のないところに外から入っていって、まずは個別に福祉や医療、買い物などで集落づくり推進員、元気な農業づくり推進員の皆さんにもそのコーディネーター役をやってもらいたいと思いますし、社会福祉協議会の皆さんにもそのネットワークの中に入ってもらいたいと思いますし、そういうものの支え合いの取り組みを具体にやっていく。そういう地域を作っていきたいと思っています。

糸魚川市で発生した中学校教諭による給食費の着服について

(記者)
 糸魚川市で給食費の着服がありましたが上越市は大丈夫でしょうか?

(市長)
 
絶対に大丈夫です。私も気になって事件を起こした先生の異動経緯も調べてもらいました。その先生はこの地区にもおられましたが、その実力というのは非常に秀でていて、給食の栄養士としてのカリスマ性というのでしょうか、食に対する意識・意欲・食育を含めて相当の力を持っている先生だったと聞いています。その学校の先生からは、あの先生の給食はおいしいと子どもが言うし、子どもたちに対して食の大事さを伝えているし、地域にいてエリアを超えて講演をする、そういう方だったと聞いていまして、同じ学科を教えている先生方がすごい先生ですよと評価していました。
 チェックが効かなかったのかと思いますが、糸魚川市の給食のシステムと上越市のシステムは全然違います。上越市では基本的に現金を扱わないようになっています。ですから、そういう可能性はないと思いますし、教育委員会で点検に入りましたが、そういうことはないということです。大丈夫です。

(記者)
 
大丈夫というのは、公会計と私会計の差のことですか。

(市長)
 
発注をして給食費を渡すシステムではないということです。

新潟市長選挙について

(記者)
 
直接市長に関係ない話かもしれませんが、新潟市の篠田市長が4選を目指すという動きが今出始めていますし、長岡市の森市長もまた動きがあるのかどうかですが、そのことに対して多選という意味も含めてお考えはどうですか。

(市長)
 
政令市に結びつけた功労者であると思うし、農業特区で全国から注目され、そして県との関係でどうやって棲み分けをしていくかという大きな仕掛けをしている中で、先が見えない段階では、ここで投げ出すのかという評価もあれば、約束したのだから言葉通りにリタイアしたらどうかという議論もあると思います。前回4年前に多選がどうであるとか、これで終わりだとおっしゃったかどうかは別にして、私はよくわかりませんけれども、そのことをきちんと説明しながら自分自身がまちづくりに責任を果たしたいという思いで今回4選に出られるということであれば、市民の皆さんもそれに対する賛同もあり、またそれに対するきちんとした評価がなされるのではないかと思います。いずれにしても途中ですし、成就したというご自身の実感がないとすれば、最終的にそれを言って頑張るのも篠田市長さんの責任感なのではないかと思っています。

(記者)
 
それを受けてご自身の考えに何か影響はありますか。

(市長)
 いろいろな会合でもお会いしますけれども、私が羨ましいと思うのは、行政の出身ではなくマスコミの出身だからかどうかはわかりませんが、はっきりとご自分の考えをお話しされるのですごいと思っています。それは自信の裏打ちだと思いますので、はっきりお話をしながらいい悪いを評価してもらうということに自分をさらけ出していくというその取組は、政治家として大切な部分だと思っています。私も早くそうなれればと思いますが、篠田市長さんにはそのように思っているところです。

ガス水道局発注工事に係る談合疑惑について

(記者)
 
ガス水道局の談合疑惑について公正取引委員会に通知してから何か月か経つと思います。宮越ガス水道局長は確か公正取引委員会は自分からは何も言いませんというスタンスをとっているけれども、議会とか市民への説明の責任があるので自ら出向いて聞きに行くことも考えていると議会で話したと思います。その件について何らかのアクションとか向こうからの動きは現時点であるのでしょうか。

(市長)
 
市民の皆さんにも議会の皆さんにも一定のお話をしなくてはいけないということから、宮越局長名の文書を持って担当課長に行ってもらったのですが、来ることさえもおかしいという感じだったようですね。

(記者)
 
宮越局長と課長が行かれたのですか?

(市長)
 
総務課長が行ってきちんと話をしたのですが、公正取引委員会はそういうところではないということでした。本当に粘って随分お聞きしたのですが、逆にお叱りを受けるような感じだったそうです。おいでになること自体が間違っているのではないかということでした。
 我々はボールを投げるというかお願いしたわけですが、我々はそのことを市民に説明する必要もあるわけですから、どんな取扱いがされているのか教えてもらえないかということで文書を持って行ったわけです。出てこられた皆さんからはそういうところではないというお話をいただいて、回答するとかしないとかお話はいただけないという状況で、これはどこも同じだということでした。

(記者)
 
ガス水道局長名の文書を持って担当課長が行かれたということで、それは7月ですか?

(市長)
 
7月ですね。日にちは確認してもらえるかな。

(記者)
 
文書は受け取ってもらえたのですか?

(市長)
 
受け取らなかったのではないかな。とってもらったかどうかちょっと確認してくれるかな。
 議会も始まりますので私も気になっていて、そのままにはしておけませんし、市民の皆さんもいろいろなことをされているので、私の名前で文書という考えもあったと思いますが、まずは局長名でお願いしたのです。相当な件数があるでしょうから、一つ一つの事案には対応はしないということかもしれません。

(記者)
 
今の件で法の条文を見たら、しかるべきタイミング、時期という表現だったか一定の期間だったか表現は忘れましたが、何かしら公正取引委員会から報告をしなければならないという義務があるようですが。

(市長) 
 結果的にそうなっていますが、しかるべき時期がいつの時期なのかは、ボールは向こうが持っているという意味なのではないでしょうか。

(記者)
 
こちらの都合で投げますということなのですかね。

(市長)
 
そういうものなのでしょうね。告発するということも含めて、自分たちの判断でやるということなのではないかと思います。

謙信公祭について

(記者)
 
謙信公祭でガクトさんがまた来られます。見せ方が少し変わると前に聞いたかと思いますが、具体的にこれまでとどう変わるのか、もう大体決まっているのですか?

(市長)
 
私も詳細は聞いていないのですが、毎年ガクトさんが出る場面の時間があまりにも短いのではないかということと、市民が期待するような演武を含めて何かしてほしいというオーダーをガクトさんにしてありますので、工夫されると聞いています。市民は期待しておられますから、1回通ってもういなくなったという話があちこちから聞こえ、何か少し演出があればということも反省会であったようですので、今回はそのようなお願いをしていると思います。ガクトさんが演じるところを市民の皆さんにもう少し長く見ていただけるようになっているのではないかと思います。

北陸新幹線について

(記者)
 
新幹線ですがJRの反応はどうですか。

(市長)
 
3か月前ということですから、12月には新幹線のダイヤが決まるのですが、全体のダイヤの調整は在来線が1つ決まれば、そこに接続する次の在来線ということで、一番最初が決まらないと次が決まらないということからすると、その最終的な調整にそろそろ入っているのだろうと思います。この間お邪魔したときにはJR西日本さんもJR東日本さんも今その調整が非常に難しい中で作業をやっているので、今お話しできる状態にないということでした。ここへきて同じことを何回も言いに行くのもどうかと思いますし、結果的には一つのものが決まったからと言って全部が決定したわけではないことから、もう少し様子をみたいと思っています。

(記者)
 
停車本数の件で、1日8割が止まりそうであるとか感触はありますか?

(市長) 
 何割が止まるかと言われても、分母になる運行本数が何本なのか見えないこともあります。その辺の期待感とまた片方では、我々が乗客をきちんと増やしながらこの駅を使っていく、玄関口としての駅を使っていくという取組もどうしても一生懸命やらなくてはいけないと思っています。我々が乗客をどうやって増やしていくのかを地域の皆さんと一緒になりながら発信していけば、発信する中でJRさんがどうやって取り組んでもらえるのかということにもつながっていくと思います。お願いするだけでなくて自分たちがやれることについて、観光のエージェントの皆さんと相談したり、佐渡汽船の高速フェリーの名前の募集も始まりましたが佐渡の観光もあったり、来年の3月には新しい船が入るということですから新しい船に乗って佐渡へ行くその一番列車にどれだけの皆さんが乗ってくるか、そういうことまで早く発信できればと思っています。
 この間、金沢市の課長さんとお話したときに金沢市内では3月の宿泊施設は満杯だとおっしゃっていました。終着駅の金沢は非常にそういう面でメリットを得ると思いますが、我々もやっぱりきちんと売り込んでいかなくてはいけないし、市役所が旅の計画をできるわけではないですが、連携会議のメンバーである十日町市や柏崎市、妙高市、佐渡市と一緒に力を合わせて早くそういうものを作って売り込んでいくことが必要だと思っています。

その他

(広報対話課長)
 
先ほどの公正取引委員会に係るご質問の件で確認しましたところ、7月11日金曜日の午前中にガス水道局の平野総務課長が直接持参し、文書は受け取ってもらったそうです。ただ、その時に、受け取られた方は、場合によっては戻すというお話もされたそうです。今日の時点ではまだ戻ってきていないということです。

 (市長)
 
先ほど、受け取ったような、受け取らなかったような話を申し上げましたが、先方が話をされたのは、そういう内容だそうです。
 夏休みに入りますのでゆっくり休んでください。