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村山市長記者懇談会(平成29年7月)

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年8月14日更新

開催日:平成29年7月28日(金曜日)


(市長) 
 梅雨が明けませんが、夏本番というのでしょうか、ぎおんさいも明日の直江津の御饌米奉納ということで、活気のある熱気のある夏だと思っています。天候不順で海水浴の入り込みも、気になっていまして、地域経済への影響も心配しているところです。稲作などは、ずいぶん良いという話も聞いていますので、それはありがたいことだと思っています。

 それから、九州北部の大雨で多くの皆さんが亡くなりました。私どもも水害のあった地域として、お悔やみ申し上げますとともに、被災されたところが早く復旧してもらえればということで、お見舞い申し上げます。その後、県内でも大きな雨がありました。上越でも7月1日から3日までの雨で、大体300件くらいの被害がありました。専決処分したことと、抜本的に大きな工事をしなくてはいけないようなものについては、9月議会の補正予算で出来ればと思っています。

 窃盗と建造物侵入の罪で逮捕された市の職員が21日に起訴されたことについては、非常に残念だと思うと同時に、市民に対して本当に信頼をなくしたと思っていますので、事実関係、そして刑事処分が出ますけれども、その時には厳正に処分したいと思います。再度、職員の規律について徹底していきたいと思っています。

 またこの夏、21日には38回目の蓮まつりが始まりました。それから、92回目の謙信公祭が26・27日にありますし、8月上旬は、13区をはじめとして各地域でお祭りがあります。元気の出る地域の祭りによって、地域を盛り上げて、地域のコミュニティ、また地域の人と人の関係をこの機会に深めてもらえるような祭りになればと思っています。

 それから、水族館の愛称を6月5日から7月4日まで、1か月間募集しました。全国から1,468件という多くの応募をいただきました。北は北海道、南は沖縄まで40都道府県の10歳未満の方から90歳代まで幅広く、上越の水族館ができることを発信しただけで、これだけの皆さんから思いを寄せていただけることを、非常にありがたいと思っています。24日に審査委員会があり、審査結果を踏まえて、8月下旬には発表できればと思っています。

 それでは、お手元の配布資料の「北前船の日本遺産の追加申請登録」でございます。北前船のストーリーを日本の遺産にするということで、この4月に日本遺産になったのですが、このストーリーがすごいんです。「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 北前船寄港地・船主集落」という、北前船の寄港地の11の自治体が申請したものが登録になったということであります。

 このことを祝って岡山市でフォーラムが開かれました。全国で北前船の寄港地が約130か所あり、この直江津港もその1つであって、新潟県の直江津も北前船の寄港地としては名だたるところなので、この追加申請に直江津をという話がありまして、私と商工会議所の会頭でその会に参加させていただきました。行く前に、この直江津が北前船と関係することを少し勉強して、出かけたわけですが直江津も全国の中にある寄港地の一つとしては遜色なく、当時の経済なり交流を支えた港であったと思っております。

 配布資料2ページの4番、直江津・高田のぎおんさい、この御旅所行事と屋台巡行、これがこの春、県の無形民俗文化財になりましたけれども、このことはまさに北前船のものでありますし、八坂神社・住吉神社・日野宮神社の船絵馬、大潟でもいつも歌い、踊られる米大舟、これも山形県の酒田との関係性もあったり、榊原の文書や福永家の文書の中にもそのことが出てきています。港まちの直江津が、北前船で栄えた地域の一つとして、連携をしながら地域おこしをしていこうということで、今回、フォーラムから帰ってきて、追加登録申請にエントリーするという手続きをしたいと、今後、議会にもそのことを説明していきたいと思っています。

 私からは以上であります。 

上越地域医療センター病院の改築について

(記者) 
 先日、第1回目の上越地域医療センター病院の基本構想策定委員会が開催されました。2点お聞きしますが、第1回目の感想と、あの委員会の中で、二人の院長先生が一体いくらまで、市はどのような規模のものを作るのか、という問いかけについて、部長からは、ここで議論になったということを受けて作りたいと、言ったのですけれども、最初に金ありきと考える院長先生たちの気持ちもわからないでもないですが、その辺は、市としてはどうお考えであるのか。もちろん市は、児童精神科とか、小児神経科を作るというような話があの中に出てきましたが、それよりさらに、病院側から、あの委員の中からもっと他の物を作れと要求が出てきた場合は、それに対して市は応じていくのか、ある程度の上限があるのか、教えてください。 

(市長) 
 1点目は、基本構想策定委員会がスタートしました。委員として医師が4、5人入っていますし、公募の委員の皆さんも、専門家の方もおられますし、地域づくりの方もおられるように聞いています。私はご挨拶と委嘱状交付で退席したわけですが、次の日の各紙新聞記事、それから担当部長からもその内容を聞きました。センター病院の改築、また新築に向けての議論がスタートしたと思っておりますので、この議論について検討された内容をしっかりとらえていきたいと思っています。

 往々にしてこういう審議会、協議会みたいなものは、事務局であるところが案を作ってそれをオーソライズするような機関になるというのが通例だと思いますけれども、ことこの病院といわれるようないろいろな要素が絡んできて、またその要素一つ一つが非常に議論のいる、また問題として非常に厳しい状況があるようなものについては、事務局が案を作ってそれをオーソライズしていく機関ではないということの整理を私自身はしていて、今回のその策定委員会には、そのことをお願いしたいと、委ねたつもりであります。

 2番目の問題でありますけれども、まず議論されているドクターの先生方は、お医者さんをどうやって確保するのかというのがまず一番だと思います。それは市が確保するといっても、確保できない状況にあるわけで、どうやって確保していくか。自らの診療所の医師一人だけでも、1年2年かかって、ものすごく手を広げて、やっと見つかるというような状況の中で、今おられる医師を含めて、あの医療機関の中で整理をしていくということです。

 医師会から出ておられた先生、それから中央病院の院長先生、センター病院の院長先生、清里診療所の先生、こういう先生方から見るとご自分の患者さんを現在では、今のセンター病院に委ねている。そのことだけでも、このセンター病院の役割は非常に大きいと、個々にはおっしゃっているんです。建設については、今あるベッド197床という中に新しい診療科を作ったとき、今度はどうなるのか、手術はどうなるのか。今ある病院を作る難しさが本当にあるんだと思います。

 県が、魚沼に作った基幹病院がありますけれども、100パーセント稼働できていない状況を踏まえると、金があってあれだけの病院を作っても、それが稼働できない状況があるというのも証左なんですね。急性期病院からしたら、センター病院にはこんな機能がほしい、次の慢性期、回復期にお願いしたいというのも議論があるかもしれないし、診療所もあるかもしれない。センター病院が自らこうありたいというものもあるかもしれない。その議論をしていただいて、この議論が詰まっていく中で、病床数だけで予算的には、その分をどう構成していこうかという議論になっていってほしいと思っており、この策定委員会に期待を持っているところです。

(記者)  
 今の市長の考えが、なんとなく委員に伝わっていないのかなと。 

(市長) それは各部局の説明の仕方だと思います。特徴的なのは、二人おられた院長先生がおっしゃったということ。1回目は自由に、またそれぞれ思っていることを、また自分が委員になってこうしたいと、思ったことを発言していただいたものと私は思っています。 

保倉川の治水対策について

(記者) 
 昨日行われた関川流域委員会、保倉川の治水対策について質問いたします。小池委員長から会議終了後ぶら下がり取材したところ、保倉川放水路を作ることによって、地域が物理的に分断される場合は、当然国だけでなく市が主役になって住民とともにコミュニティづくりを行っていくべきだという話がありました。それについて、村山市長が委員として入られていますけれども、どう考えるかというのが一つ。

 もう一つは市長の残任期が11月8日までで、この任期中にそういった地域分断に関して住民との対話に着手されるつもりがあるかどうか、この2つをお伺いしたいと思います。

(市長) 
 昨日、私が発言した中に今後のスケジュールという話をしました。ルートもこれから考える。そして、ルートが決まってくれば、それぞれどこかで地域の分断という話が出てきますから、スケジュール感を持ってどういう地域にどの時点で説明に入るか、というスケジュールを国土交通省に整理をしてほしいというのが私の発言の主旨です。

 沿線地域というのは線ですから線の中にいくつも地域があるわけですね。ある1か所だけの地域を言っているわけでなくて、それぞれの地域で分断されることも出てくるわけです。検討部会の中でまとめたものには、地域分断と書いてあって、括弧して地域というのは町内と書いてありました。町内会単位で議論するんだと私は思いました。

 国土交通省、それから我々も一緒になりながら、地域の中にこういうことが起きますという話になるのですが、今後、検討させていただきたいという話が地域に出来るのであれば、その地域にどういう順序で説明に入るかという事を国土交通省としっかりと検討しなければならないと思っています。

(記者) そうすると、あくまで国土交通省のスケジュール次第であって、ご自身の残任期中に何か着手しようという市長からのアクションは考えていないということですか。

(市長) 
 いや、考えていないということではなくて、昨日の流域委員会で、こういうふうになりました、これについてはこういうことですと、経緯を皆さんのところに行って、お話するということも大事だということになれば、それはできると思います。

 その辺のことは国土交通省とお話しながら、流域委員会の話を地元に説明するという意味合いからしても、いつ頃地元に入りましょうという話が、スケジュール感として出てくると思うんです。それが決まるまで4か月も5か月も地元をほったらかすわけにはいかないと思いますし、その話を1か月後にするとか2か月後にするとかという事になれば、当然私もいけると思いました。その意味で私はあの時スケジュールを作ってほしい、上越市も協力します、我々もやるべきことはやりますということを発言しました。

(記者) スケジュール感が整う見通しが立ってくれば、自分は動くというふうに発言を解釈すれば、市長の真意なのかなと今思ったんですけれども。

(市長) 
 多分、2つあって、また同じことを繰り返すと、行政に対する信頼感がなくなりますので、何もわからないでただ行くことはできません。これまで流域委員会、検討部会で検討されて、それを受けた国土交通省と上越市が、今までの話と今回はこうなりましたという話を説明する機会をどこかで設けることが必要だと思います。

 今までのものを再検討してこうなりました。ついては、また皆さんにお話しさせていただくことが出てきますということに、必ずならなければ、まずいと思いますので、その流域委員会の説明をするということが必要であると思います。

 北前船日本遺産への追加登録申請について

(記者) 
 北前船の関係でまず1点お伺いしたいのが、追加登録を申請するとあるのですが、まだ申請はしていないということですか。

(市長) 
 今年5月に、日本遺産になった11自治体と関係自治体で設立した「北前船日本遺産推進協議会」に我々も仲間に入ることにいたしました。今度、その協議会が文化庁と追加登録について協議していくということを聞いています。

(記者) 
 今回、追加登録ということなんですけれども、最初に11自治体が申請したときに、県内だと新潟市・長岡市が入っていますけれども、上越の方に声掛けというのはなかったんでしょうか。両市をみても、長岡より上越の方がふさわしいのではないかという感じはしますけれどもね。

(市長)  
 北前船の航路の中の一角、一端で、先ほどの資料にも書いてありますとおり、130か所もあったという港を網羅するわけにはいかないから最初に手を挙げたところがやってきたと。私も、長岡市が入ったというのはちょっとわからなかったのですが、寺泊があるからという意味でしょう。長岡市でもフォーラムをやったというお話を聞きました。佐渡市もフォーラムをやったっていうんですよね。佐渡市はメンバーではなくて、今回一緒になりましょうとお話ですから。

(記者)  
 この日本遺産への追加が、仮に追加登録なされることについてとか、この協議会というものに上越市として加わるということ、そのことに対する効果というか、市長として改めてどういうものを期待されるか、教えてください。 

(市長) 
 これは地域発信をするときの広域連携の一つの取り組みだと位置づけています。
 このフォーラムで聞いて驚いたのは、倉敷で、紡績が生まれたときの話で、北海道・東北から来たニシンのニシンカスを肥料にして倉敷まで運び、荒れた土地にその肥料をまいて、そこに綿花をまいたというのが物語です。北と南の交流というのは、産業にこれだけ影響したのかと思ったときに、この話だけでも、お互いの地域の産業との関係性がものすごく深いなと思いました。それが今、ジーンズの7割、学生服の8割を倉敷で生産しているという発表があるわけです。そうすると産業は、この北前船がもたらした産物が地域の産業を興したという、物語としては非常にわかりやすいというか、すごい話だなと思ったので、これから平成の世にそういうものが起きるかどうかはわかりませんけれども、市町村の連携また商工業の連携の中で出てくるような取り組みをこの中に入って、認められれば、日本遺産というものを前に出しながら、都市間交流、また経済交流ができるかなと思っております。 

(記者) 11自治体がこういうストーリーが出てきた時に、うちもこんなストーリーがあるよ、とその時にアクションを起こすというのはできなかったんでしょうか。

(市長)  
 今回その日本遺産になったのが4月だと思います。それを祝う、フォーラムを岡山でやりましょうというのが今回です。私どもがそれを察知して、オファーをいただいて出ていくということになったのです。

 実は、この話を私に個人的にもってきてくれた方がいたのですけれども、その方とは2年位前に会って、北前船のフォーラムという連携で何か地域おこしなり、全体的なことをやりたいという話は、個人的には聞いていたんです。それで、日本遺産になったことによって今回そのフォーラムがあって、せっかくだから広げてやりたいということもあるから、どんな雰囲気になる会かも含めて参加してみたらどうだね、という話を突然いただきました。それで学芸員さんと一緒に上越にどれだけの北前船の足跡があるかということを調べ、それならこのメンバーになってもいいかなということで今回行ったところです。

 聞こえてくるアンテナが低かったと言われれば低かったけれども、結果的に日本遺産になるための努力を11自治体でまとまってどんどんやっていたわけですよ。日本遺産に登録してもらうため、文化庁と皆さんがまとまってやられていたんでしょうね。 

(記者) 
 秋田にいたときに秋田の北前とハタハタを申請したというのが、今年の初めくらいだと思うんですよね。わずか3か月で決まったようなもので、ということは水面下でやっていて、酒田市の方ではある程度の130か所はあたって、ストーリー性が合致するかどうかというところで、ふるい落とされちゃったんですかね。直江津はこのストーリーは弱いかなという。

(市長)  
 最初に日本遺産を取るときにまとまってやってきた人達が、これは日本遺産だと言って整理をしたことと、今、この事務局になっているのがANA全日空の研究所から力を貸してもらっていますので、そことの関係性の中で集めてきたものが今回の日本遺産になった。そこで開いて皆さんどうですかということのときに、チャンスが私どもに回ってきたので、そのチャンスを自分のものに出来るかどうか、少し勉強して今回行ってみたら直江津もきちんとその中に入れる、そういう状況かなと思ったところであります。

(記者)  
 この申請の母体は、これから加入する日本遺産推進協議会というのが推進母体になってやっていくということで。先ほど、申請したというのは、この推進協議会に加盟しましたということですよね。

(市長) 
 はい、推進協議会がそれをひっくるめて、文化庁に今回、追加する構成市になりたいという。

市長選挙について

(記者) 
 8月30日で市長選まで3か月を迎えるということで、それについての所感がございましたらお聞きしたいのと、陣営の方もおっしゃっていたんですけれども、これまでの市長の行財政改革の取り組みを市民に丁寧に説明していかなくてはいけないとおっしゃっていたんですが、市長は今までの実績等々を市民に訴えていきたいという思いでしょうか。

(市長)  
 あと3か月という状況ですけれども、現職であるということを含めて、自分が市民に個別に訴える時間はそんなにありませんので、公務を通じながら、かかわる皆さんには、やってきたことを含めて、整理をするということになると思います。

 もう一つは、実績ということですが、実績は裏から見れば悪い実績だと思われる方もたくさんおられるので、自分で実績というのも。やってきたことという事実はあるかもしれないけれども、それに対して自分自身の思いがきちんとありますけれども、それを押し付けるのもなんかなという感じはしないでもないので、皆さんには、こういうことでご協力いただいて、こういうことができましたというような状況をお知らせしながら、お話しながら、ご理解いただくということの連続かなと思っています。

 裏と表がありますから財政を良くしたことは、市民に対して非常に痛みを求めたと言われれば、それはそういうことだと思いますので、財政は直ったけれども市民は苦しいんだという話と市民はよくなったけど財政は厳しいというのはどっちだって同じことだと思います。

 ですから、実績というよりも私は8年間預かって自分の責任の中で上越市をどうするかという思いの中で私自身が判断した結果が今だと自分では思っています。そのことにお叱りを受ける部分がある方もあるかもしれないけれどもそのことを訴えていきたいと思います。私がやったことについては、あんたはよくやったよと言ってくれる人たちが増えるように、自分の支援の周りの人たちもそうだそうだと言いながら、いろいろな皆さんにお伝えいただくという、自分の応援してくれるみなさんには、そのことをお願いしたいなと思っています。

(仮称)上越市体操アリーナ整備事業について

(記者) 
 新しい体操アリーナのことに関連して質問させていただきます。大潟では、体操のまち大潟と皆さん比較的歓迎されている声を聞いたりするのですけれども、国道から現場までのルートが地元の保育園の送迎ルートになっていたりとか、大型バスが来るとか、道路が狭かったりとか、交通の面で心配されている声をよく聴くんですけれども、道路を拡幅したらいいのではないかとか、そのことについて、今、どうお考えですか。 

(市長) 
 昨日地域協議会があり、道路が狭いのでどうだという話があったそうです。あの海岸線の道路、旧国道を普通にバスが走っているわけですし、鵜の浜温泉に来るお客さんも、大きな観光バスで入ってきているわけですので、そのことについて道路が狭いという状況では基本的にはないのかなと思っています。

 体操アリーナに入ってくる選手を含めて、日ごろ動く人たちは、ほとんどマイカー、マイクロバスだと思いますので、道路の狭隘性というのは施設ができたとしてもそんなに影響がないかなと私は見ています。

 施設整備をした段階で利用者の関係、そしてまた動線が変わりますから、どんな状況になるか、このことはしっかり見なくてはいけないと思います。

(記者) 
 先日のキャッチボールトークで、アリーナはなぜ大潟なのかという質問が出たと思うんですけれども、そのときに市長ご自身、初めにお話しを聞いたときには、運動公園のところもいいかなと思ったと。なぜ大潟なのかというのは、ああいう施設にはやはり指導者という人がつかないとできないというお話、お答えだったと思うんですけれども、指導者という方たちは大潟にいらっしゃるということなんですよね。

 指導者の方がはっきり言って運動公園だろうが、大潟だろうが、マイカーで動いていらっしゃるわけで、私はあの答えを聞いてどちらでもいいんじゃないかなと思ったのですけれども、そういったことではないんですか。

(市長)  
 実は、運動公園も上越市が整備しようとしているわけですね。私も最初、話があった時には、運動公園ですからそういうふうに理解したんですね。しかしながらテニスとか、そういう競技と違って体操というのは一人でしないんですね。確実に小さい時から含めて、誰かが教えなくてはいけない競技だということ。誰もいないで遊ぶというのは、公園で遊ぶみたいなものですから、競技としての体操をやるときには必ず指導者がやらなくてはいけない。安全な施設が必ずなくてはいけない。中途半端な施設ではだめだということと、それを支える地域の皆さんがいるかいないかということをお聞きしました。

 体操競技の指導者というのはそんなに多くないですし、ある程度レベルの高い指導者。指導者には指導者がついてくるわけで、そのことが集積された地域が、大潟という地域にかつてからあったということ。そこには今、200人を超える体操の会員がいること。それから越境までしてきて大潟町の中学校に入って体操をする子どもがいるということ。そんなことを考えてきたときに指導者を動かして、会員はあそこへ通って、いいものがあると言っても出来るかということになると、今の形の中で体操は大潟でということです。

 電車で通ってくる子どもさんがいっぱいいます。そういう面である種の体操のメッカと言っては言い過ぎかもしれませんが、体操が息づいてきた地域に、市民を含めて、体操競技の質とレベルを上げるときに立派な施設がその地域にあるとすれば、そのことの方が好ましいと私自身も思ったものですから、この間キャッチボールトークの時にその話をさせていただいたということです。 

(記者) 
 今おっしゃったように高田のあたりからでも小さいころから大潟のところへ通って、中学校になると大潟町中学校に行くと。小さいころからそういうことをやられた方、私も近くで見ていて、ある意味、大潟が中心になって体操文化を支えているその町で支えているという感じだというのはお話でわかりましたけれども、一方で、そこに行く方々がたくさんいる、ということは運動公園のところにそういったものがあればみんな行きやすいのではないかなと、素朴に思ったんですけれども。

(市長)  
 そうですね、そのときに具体的に言えば、指導者がそこに動いてくれるかどうかという問題も片方にはあると。そこへ行ってやるということは、指導者が行かないということであれば施設を作っても意味がないのではないかなということになります。だから大潟出身の人がいるけれども、自分の出身大学であることを含めてすごいネットワークがあって、そこにその選手、そこにすごい監督が来たりコーチが来たりという長い集積があります。その歴史の中にある集積、この集積を新しいところにぽんと置いたときに彼が動いてくれるという前提があればまた別でしょうけれども、彼がいなくなったらどうするかという議論は確かにあります。

 今小学校も中学校も体操をやりたい子どもたちが、あそこへどういうアクセスがあるのか、利便性からはどうなのか、学校との関係性はどうなのか、そんなことを考えると、体操のことに限っては、大潟に整備するのであればベストではないかなと、自分自身もスポーツの施設整備をしてきた人間として考えたときに、それが選ぶべきベストかなと思ったところであります。

 雇用状況・若者の就労問題について

(記者)  
 今日、6月の有効求人倍率が発表されまして新潟県はまた先月から上って1.53倍という数字が出ていますけれども、全国的に見てみたら当然高い県もある中で、新潟県全国20位ということ。人手不足がずっと言われてきていて、この上越地域でも製造業・サービス業を中心にそういう声を聞くんですけれども、市長、今後予想されることを含めて、どうみておられるか。

(市長) 
 人口の減少だけでなくて、よく中身を見ると生産年齢人口がものすごく減っています。このことの問題が今の有効求人倍率に反映されていると思います。

 15歳から64歳までの人間の減る数が多いということですから、このことを整理していくと15歳から18歳までの皆さんがどうかという議論があります。高校が終わって地元に就職する400人~500人くらいと、外から大学が終わって帰ってきた人を含めての定着率といいますか、それがものすごく悪いんですよ。それが2年、3年、1年未満で辞めてしまう人が相当います。そのことをおさえなければパイが減っている中で、就職率100パーセントがいいって言っても、3か月経ったら2割やめたとか、1年経ったら4割辞めたとかっていう話にならないようなことが今、行政ができることの一番大事なことだと思っています。

 今年もそうですが、勤めたら辞めないでほしい、辞めさせるようなことをしない先輩、両方に研修会を開催したり、何が今の若い人たちの問題で、職に対する意識で、また指導する先輩はこういうことを思ってほしいという。定着率というんでしょうかね、就職した人が離職しない、離職率が低くなるための政策が今一番大事だと思っています。

 また中小企業の皆さんの企業名をもって大学を訪問する事業も、専門員も含めてやっているんですが、地元に即就職してくれるという人がいて、その人が離職してしまうことに手を打たないといけないと思って、そのことに一生懸命やろうと思っています。

(記者)
 そうすると、外から呼び込むというのと、併せてより力を入れたいというのは、今いる人をということですか。

(市長)
 今いる人の離職率が本当に高い、そのことは私もネックだと思いますね。

 上越の企業を売り込んでいく、大学を含めて売り込んでいってきてもらうという、そんなことも、合わせ技でやっていければいいなと思っています。有効求人倍率が高いから景気が良いという話は、実態としてなってないと思いますので、そのことをしっかりと受け止めなくてはいけないなと思っています。