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村山市長記者懇談会内容(平成30年4月)

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年5月8日更新

開催日:平成30年4月25日(水曜日)

(市長)
 
今年の観桜会の入込数が88万4千人でありました。平成23年の東日本大震災のときが79万6千人で、最近では2番目に集客が少なかったところであります。開花が3月30日、満開が4月4日で、その後の土日の週末は、雨や風だったこともあり、アンラッキーだったと思います。桜が咲いて、それが満開になって、そのあとは花吹雪、そして花筏と、桜がこの期間、それぞれの表情を見せてくれたと思います。
 新年度が始まりました。新しい予算の執行がきちんとされることによって、予算の効果が出るわけですので、しっかりとやっていければと思います。昨年度の除雪が非常に大変だったということもあり、地域経済がうまく回るかということも大事だと思いますし、上越市中小企業・小規模企業振興基本条例もしっかりとしたものにするために、金融機関、そして経済界の皆さんと進めていければと思っております。
 それから、すでに発表しましたけれども、6月26日に水族博物館がスタートします。これに向けて準備に専念しているというところであり、しっかりと開館に向けて進めていきたいと思っております。
 また、すでに地元でもその開館に向けて取り組む動きが出ており、6月30日と7月1日に地域の皆さんが物産展でお土産物を売るとか、独自の取り組みを考えておられます。水族博物館は行政だけで作ったのではなく、地域の皆さんと一緒になって水族博物館を核としたまちづくり・地域づくりを進めていければいいと思っています。
 昨日今日、新聞で報道されていますけれども、断念した国宝「太刀無銘一文字(号 山鳥毛)」を瀬戸内市が購入する方向で検討を始めたということを新聞で知りました。教育委員会からも瀬戸内市の方の新聞に出ていることについて、昨日報告を受けたところであります。刀剣の備前福岡一文字派というのは瀬戸内市が中心でありますので、刀として故郷に戻ったという意味からすれば、手に入らなかった残念さはありますけれども、上杉謙信公・景勝公が愛用した刀として注目していきたいと思っているところです。

県知事選挙について

(記者)
 新潟県知事選挙の日程が5月24日告示、6月10日投開票と発表されました。市長は米山知事の辞職に際しまして、県政の空白は県民にとって、市民にとって不幸だというご自身の感想を出されたかと記憶をしております。改めまして、市長として県知事にはどういったことをしてほしい、またこういう人に知事として県政にあたってほしいという所感があればお聞かせ願いたいと思います。

(市長)
 
米山県政になってご自身で編成した予算、人事、そして自分が新しくやろうとする政策、新しい長期構想を含め、それをしつらえて新年度をスタートした矢先でした。そのことに期待した、また新潟県のリーダーとして引っ張っていく、それに市民・県民がついていこうという思いでいたと思います。そういう状況からすると県民にとっては不幸だったという思いを率直に述べさせていただいたところであり、驚きの中での発言であります。
 当初、知事になられてどんな方かなというのがありましたけれども、4月12日の「2018全国さくらシンポジウム」のときにもおいでいただいて、ご挨拶いただきました。その時から2日か3日後のことですので、私にとっては非常に驚きでした。その時は、桜っていいねとか、桜って人の気持ちに合うねというような話をさせてもらいました。上越に来る機会が多くて、来るたびにお会いし、こういう方だと理解もし、またお話もさせてもらうことができましたので、頑張ってもらいたいと思っていましたが残念です。
 これから、県民が少し落ち着いて、3年、5年先を見ながらリーダーシップを発揮して県民の安全安心、また安定的な生活、営み、高齢化、人口減少、子どもに関する施策について、落ち着いてできる、そんな方がリーダーシップをとって県政を引っ張ってもらえればありがたいと思います。

(記者)
 
まだ知事選の候補者に自分から名乗りを上げている人はいない中、市長として候補者が立った場合、ご自身の応援スタンスはどうされますか。

(市長)
 
新潟県全体の中での上越市、上越地域をどうやって見てくれているかということもまた大事な要素になると思います。その面では新潟県のどの地域がどうだということがわかっておられる方が即行政の中で力を発揮できると思っていますが、それにこだわることなく、県民の最大の幸せを目的とするリーダーシップを発揮することを訴えの中で聞き取りながら判断できればと思っています。
 誰も県民のためにやらないという方はおられないと思いますが、県民に対してどういう思いをもって、知事として取り組んでいきたいかということがこの選挙戦の中ではっきりと打ち出されてくると思いますので、その中で、取り組みを私自身がしっかりと判断して選んでいければと思っています。

(記者)
 
市長ご自身も県庁マンから首長になられたわけですけれども、やはり行政経験がある方が望ましいとか、そういうのはありますでしょうか。

(市長)
 
一概には言えないと思います。みんなそれぞれに能力があって、トップに立つ時、いろいろな考え方をもっておられますので、一つのパターンでは言えないかもしれません。
 この国も地方も財政が厳しいことは間違いないわけで、その中で財政を安定させなければ、市民に対する幸せとか、市民の求めに対応できないと思います。そういう面で上越市の場合、市民の幸せをきちんと守るには、財政の先行きが見えなければ不安だというところが私自身にはあったと思います。
 ですから、答えは一つではないと思いますので、こんな資質がなければできないということではないと思います。

県議補選について

(記者)
 
県議補選の件ですが、ようやく欠員数が解消されるといってもあと1年の任期という難しいところもあるかと思います。市長の所感や、新しい県議に期待する点、いかがでしょうか。

(市長)
 
それは上越出身の県議であっても、新潟県全体のために活躍されるということだと思いますが、その中で上越から選出された県議が地元のことも踏まえながら県政の中で活躍していただければと思っています。
 欠員になっているということは非常に残念なので、早く補選が行われて上越地域のためにはもとより、新潟県全体のために頑張ってもらえたらと思っています。

(記者)
 
最終的な構図は、これから固まっていくと思いますが、自民と非自民の戦いが予想されます。その辺の応援スタンスというのはどう考えておられますか。

(市長)
 
立候補者として承知しているのは、今朝、新聞で見た直江津出身の方ですが、その方とは、お話しをしたこともありません。高田と直江津のまちの特徴をいかして頑張りたいと、新聞記事に載っていました。
 いずれにしても来年の春に県議選があるわけで、そこでまた上越から定数5人の県議会議員が出て、それぞれの立場で県政のために頑張ってもらうことが大事かと思っています。

国宝「太刀無銘一文字(号 山鳥毛)」について

(記者)
 
上越市が昨年度、取得を目指した「山鳥毛」ですけれども、岡山県瀬戸内市が5億円での取得を表明したということであります。交渉中のことでありますので、まだ手に入った、入らないという話ではないと思います。太刀に縁のあった自治体として、今後、例えば市民の皆さんと一緒に姿を見るような取り組み、瀬戸内市と連携して進めていかれるようなお考え、率直に感想をお持ちでしたらお聞かせ願いたいと思います。

(市長)
 
最終的なご縁はなかったですけれども、市民をあげての動きができたわけで、その刀にご縁があったことだけは間違いないと思います。備前長船刀剣美術館がある瀬戸内市に収まるということになれば、すわりとして落ち着くと思います。そこにあることによって、この刀とのご縁がつながっていけばと思っています。

(記者)
 
国宝の太刀「山鳥毛」ですけれども、いろいろ誘致活動を頑張ってこられた市民の方から、何とかその展示だけでも上越でできないものかというお話が出ていました。もし、瀬戸内市が購入した場合、そういうことを呼びかけるつもりはありますか。

(市長)
 
購入に向けていろいろ頑張ってくれた団体もありますし、その団体の皆さんの思いもあります。また、市民の皆さんの思いもあると思いますので、そういうお願いができるようであれば、市民の声を聞きながらお願いしていくことがあってもいいと思っています。
 いずれにしても刀とのご縁であって、その所有者が瀬戸内市に変わったとすれば、行政と行政ですので、そういうことができるかなと思っています。

(記者)
 
上越市とのお話がだめになってしまったのが去年の11月で、翌年の1月の初めくらいには瀬戸内市へ話がいっているということです。率直にどう思われましたか。

(市長)
 
所有者の方がどう思っていたのかはわかりませんけれども、上越市との交渉の後、間があかないで瀬戸内市ということです。時系列的に見てみると所有者の方は、その刀を早く手放したいと思っておられたのではないかと感じました。 

観桜会について

(記者)
 
今年の観桜会は、例年に比べると40万人くらい少なくて、特に自然の影響だったり、雨風で、週末の天候不良だったり、非常に早く開花してしまうという、いろいろな不幸が重なってしまった中で、4月2日から前倒しをして、ぼんぼりの点灯を始めました。その辺もう少しフレキシブルにといいますか、開花がこのくらいの見込みになりそうだという時点で、もう少し早い対応、何か行動ができる要素もあったのではないかと思ったのですけれども。

(市長)
 
3月中に予報を聞いて、開花日も絶えず変動していました。職員に4月1日から開始してはどうかと、色々な話をしてきました。6日に合わせている露店の皆さんが上越に来ていないということもある。露店の件は警察にもお願いしなくてはいけない。バス会社にシャトルバスの手配をするにしても、3日くらい前にならないと運転手の手配、ローテーションが回らない。桜ロードのライトについて、東北電力への受電の手続きがあって、その検査日程の関係上、4月1日から点灯することはできないということもありました。それに3月中の開催となるとお金の問題もあってなかなか難しいと思います。
 また、交通を整理して、沿道を守ってくれる警備の業者についても、昨年お願いしたところが廃業してしまって、その代わりの人たちを確保するのがすごく大変でした。その中で日程を変更して、すぐに来てくれと言ってもできないわけです。そういう人の手配ができないこともあり、今回は、職員が本当に頑張ってくれたと思いますし、また大きな学びをしたと感じています。
 入込が少なかったのは寂しいという話になりましたけれども、自然の多様性について学んだと思います。次の時に、このことを生かして段取りができると思っていますし、生かしていかなくてはいけないと思っています。

(記者)
 
自然相手の中でいろいろあったのは重々承知しています。旅行会社、バス会社との間でいろいろな問題もあったり、学んだこと、生かしていけることについて、具体的にどんなことがありますか。

(市長)
 
ツアー会社から花は咲いていますかとか、今行ったらどのくらいですかという問い合わせが相当数あったと聞いています。ツアーでは、必ずどこか咲いているところを見つけるわけで、それに対して、現状を整理してお話をした上で、それでも来ていただければありがたいですというやりとりがあったと聞いています。それを含めると、おもてなしとか、本物の桜を見てもらおうとか、実態を見てもらうようにして、おいでになる皆さんの気持ちを大事に対応することが、今回、職員が外部に向けての対応を一番学んだことと思っています。
 情報提供はしっかりとしなくてはいけないというのは、今回はつくづく思いました。職員も相当気を使ったのではないでしょうか。

(記者)
 
月曜日に88万人と発表されました。会期を前倒しして、そこからカウントを始めたということですが、よくやったなと思います。多分開花宣言する2日前か1日前にテレビの夕方のニュースでやったと思います。市民はもう花見だと思って花見に行ったと思います。そこからカウントしてしまえば、会期前の4日間で8万3千人くらい入ったと聞いていますので、3月30日くらいからカウントしていたら100万人くらいはいったのではないかと思います。

(市長)
 
会期前に、実際の花見会場の雰囲気があって、自分たちで花を楽しむという人たちがたくさんいたと聞いています。
 また、最終日、万燈神輿極楽橋渡御のイベントに行きましたが、その日に観光バスで来られた人がいたことに驚きました。歩いている人がいたときに本当にうれしくなって、ありがとうございます、よくいらっしゃいましたと言いました。
 お店の人に聞いたら30年やっているけど、こんなに物が売れなかったことはないと言った人もいました。またある人は、こんなこともあるさと、納得されている方もおられたし、高田の人のおおらかさを感じました。

板倉区山越地内の地すべりによる影響について

(記者)
 
農業用水のことについて、上江用水と中江用水が板倉区にある発電所の送水停止によって供給が懸念されるところまで来ましたが、なんとか応急的に水を通して、田植えの時期の田圃の水を確保されました。その一方でやはり山間を縫うようにして進んでいる幹線水路ですので、何らかの対策は必要であると思っています。市だけでできることではなく、県・国営事業でもあると思いまして、各所との連携は必要になるかと思います。今回、水が不足するかもしれないという危機感を持ったうえで所感があれば教えてください。

(市長)
 
板倉区山越の東北電力板倉発電所脇の山林で発生した地すべりにより水力発電が停止し、用水へ通水されなくなりました。稲作が始まることを考え、すごく心配になり、すぐに状況を聞かせてもらいましたが、ただ聞いているわけにもいかないと思い、東北電力の地元の所長さんに連絡をして、東北電力さんとしての考えを教えてもらいました。
 新潟支店、仙台の本店の工事の皆さんが現場へ来て、検討してもらい、4月27日から5月20日まで、発電所の3号機のみ運転を再開するという連絡を4月17日にいただきました。5月中ごろまでは用水が確保されることになりましたので、非常に安心したところです。
 今は亀裂が入っているところの水抜きをしています。東北電力も発電しなくてはならないわけですので、そのことについての工事は県の農地部がやってくれています。農地部で足りなければ妙高砂防事務所にお願いしなくてはいけないという話まではしてあります。これから梅雨時期になってきますし、山全体もそんなに安定した山ではないので、そのことに注視しながら考えていく必要があると思っています。
 先人が作った偉大な用水が、もしこの地すべりで閉塞すれば、5,000ヘクタールを超える受益面積に影響が出て、上越市にとって大変なことになりますので、土地改良区と連携しながら、農家への安心、米作り地域としての取り組みをしっかりとしていかなくてはいけないと思いました。

(記者)
 
関川水系土地改良区からは、保安林指定を要望する提案があったと思うのですが、それについてはいかがですか。

(市長)
 
いろいろな指定の仕方があると思いますが、いずれにしてもあの重要な水力発電施設やそこにある用水を守らなくてはいけませんので、できれば指定して絶えず監視できるような状況を作ることも大事かと思います。今後も土地改良区と連携しながら、国・県に働き掛けてまいりたいと思っています。 

戊辰戦争150周年の関連イベントについて

(記者)
 
戊辰戦争についてですけれども、中越地方だと戊辰戦争150年関連イベントがいろいろ目白押しになってきているのですが、上越も一つの舞台になった場所として、今後博物館でタイアップですとか、イベントなど考えておられることはあるのでしょうか。

(市長)
 
戊辰戦争から150年ということで博物館も何か考えていると聞きました。タイアップするかどうかは別としても、この地域にあるものをどう見せるか。歴史のいろいろな経過があるわけで、高田藩がどんな立場で行動したのか、そんなことを紐解いてみるのも良いことかと思っています。

地域医療センター病院について

(記者)
 地域医療センター病院の件ですが、報告書の方を受け取られてから時間がたちまして、改めて市の方針はどうでしょうか。

(市長)
 
報告書をもらってから、庁内で上越市としての基本構想を作っています。連休明け6月にならないうちには出来上がると思います。建設場所の検討を中心に作業しているわけではなく、診療科目、医師の確保、どういう患者さんがおられて診療科はどのようになるのかということを含めて整理をしていく必要があると思っています。
 県立の基幹病院を作っても、お医者さんもいない、看護師さんもいなくて、まだ3年も満床にならないという状況があります。こういう状況が上越の中にはあるのかないのか、こんなことも含めて、整理をしていく必要があると思っています。そういう状況も整理して、基本構想の中に入れて場所も含めて、具体的にどれくらいの金額で整理できるのか、できれば、私も早いうちにまとめてほしいと指示してありますので、そんなに遅くならないうちにまとめてくれると思っています。

(記者)
 
いつくらいをめどに。

(市長)
 
報告書の内容の部分、部分において、その中で検証することもあります。今はその作業に入っていますので、結論が出て、草案ができて、議論をして、最終的にまとまると思います。タイムスケジュールは健康福祉部に確認してください。

ドイツ体操連盟の体操アリーナ視察について

(記者)
 
大潟区の体操アリーナにドイツの指導者、選手の方が来られ、施設を見ていかれました。その時に、今の施設は機能的にできているというお話を聞きました。その後、市長の方に要望とか、また2年後に向けて市民の盛り上がりとか、行っていくことがあれば、聞かせください。

(市長)
 
今回おいでになった選手はリオオリンピックの選手です。この間の東京で行ったワールドカップでも5位になった選手で、鉄棒ではレベルの高い選手です。その彼が、子どもたちと一緒に実技をしてくれました。彼は、初めて施設を見たけれども、施設の清掃が行き届いており、これがものすごく印象が深いと、開口一番に言ってくれました。
 そして、器具がオリンピックに使えるものと同じ性能か、オリンピックに使えるものを用意してくれるのか、ということも言われました。また選手から、できればサウナがほしいという要望がありました。
 次の日に大潟の人魚館に行って見たときに、十分リラクゼーションできる施設であり、このことはすごく良いとの評価もありました。それから、(仮称)上越市体操アリーナのパースを見せて、この中にはトランポリンも新体操もできると言ったら、それはものすごく良いことだとおっしゃっていました。
 いずれにしても上越の皆さんが、体操に対して熱心で、施設の管理を含めてきれいにしており、選手たちが礼儀正しいと。そういうことに対する印象がすごく多くて、帰ったらそのことを皆さんに伝えるとおっしゃっていました。
 その中で私が提案したのは、2年間ありますけれども子どもたちが行ったり来たりすることや、それぞれの選手が合宿に来るとか、そんなことができませんかという話をしたら、そういうこともしたいと話していました。これからはその言われたことを整理しながら対応していきたいと思っています。