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プロデューサー 坂口謹一郎

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年7月1日更新
 坂口博士は醗酵学の研究者という枠を超え、人と人を結び付ける魅力を備えた人物でもありました。
 昭和7年ころのある日、当時、助教授であった博士のもとを、寿屋 (現サントリー)の社長として、国産ウイスキーの製造販売や、ワインの輸入事業で成功を修めた、鳥井信治郎が訪ねてきました。 話の内容は、国産のぶどうを使ったワインの醸造を成功させたいとのことでした。そこで博士に醸造の指導を頼みに来たのでした。
 博士は国産ワインの製造には、ワイン醸造に適したぶどう品種を作り出すことから始めなければならないと鳥井に話しました。そこで、博士が親しくしていた、その道の先駆者である川上善兵衛に協力を求めるよう鳥井に進めました。 その後、坂口、川上、鳥井の三人は、国産ぶどうを使ったワイン造りに尽力しました。そして100種類以上にもおよぶ 醸造試験を行い、日本の風土に適したぶどう品種を作りあげて、今日の国産ワインの基礎を築いたのでした。
 博士が鳥井と川上を結び付けることによって、日本のワインは、欧米のものと比較しても引けをとらないものとなったのです。
 その後、博士は昭和17年食糧研究所の所長となり、昭和24年山梨大学醗酵研究施設の設立に尽力し、昭和28年には東京大学応用微生物研究所を創設しました。また、昭和34年には理化学研究所の再建などに携わり、研究の指導者としても内外で高い評価を得ています。その背景には、麹菌に代表される微生物を応用する分野を導いて行かなければという、鋭い洞察力を備えた博士の情熱があったからにほかなりません。

寿屋(現サントリー)鳥井信治郎 写真 寿屋 (現サントリー)鳥井信治郎氏 (写真提供:サントリー(株))


国産ワイン醸造の先駆者 川上善兵衛翁 写真 国産ワイン醸造の先駆者 川上善兵衛翁 (写真提供:(株)岩の原葡萄園)