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坂口謹一郎博士の業績・略歴

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年7月1日更新

西暦

和暦

経歴等

1897年明治30年11月17日父正利、母マツの長男として上越・高田に生まれる
1910年明治43年4月高田中学校入学。小児マヒにかかる
1913年大正2年4月東京神田順天中学校3年へ編入学
1916年大正5年4月第一高等学校理農工専攻に入学
1919年大正8年4月東京帝国大学農学部入学、農芸化学を専攻
1922年大正11年4月東京帝国大学農学部卒業、農学部副手
1923年大正12年11月高田市倉石家の娘カウと結婚
1924年大正13年7月東京帝国大学農学部助手
1926年大正15年7月東京帝国大学農学部講師
1927年昭和2年2月東京帝国大学農学部助教授
1932年昭和7年6月農学博士受位
「麹カビによる有機酸および酒精の生産に関する研究」
1935年昭和10年4月東京高等農林学校教授(兼任)
1938年昭和13年4月日本農学会 日本農学賞受賞
「菌類による有機酸類の生産ならびにその工業的利用に関する研究」
1939年昭和14年6月東京帝国大学農学部教授
1942年昭和17年3月米穀利用研究所長および食糧管理局研究所長(現・農林省食品総合研究所)(兼任)昭和20年11月まで
1944年昭和19年先祖の出身地大瀁村(現・頸城村)鵜ノ木へ。
戦後ここを「楽縫庵」と名付ける。
1947年昭和22年学術研究会議会員
1947年昭和22年9月財団法人科学研究所(現・理化学研究所)嘱託(兼任)
1949年昭和24年3月科学研究所(現・理化学研究所)主任研究員
1949年昭和24年10月山梨大学工学部講師(兼任)
山梨大学醗酵研究施設設立に尽力
1950年昭和25年5月日本学士院賞受賞
「本邦産発酵菌類に関する研究」
1950年昭和25年文部省の微生物利用研究の調査のため欧米を視察
195l年昭和26年4月日本農芸化学会会長
1952年昭和27年11月東京大学農学部長(昭和29年まで)
1953年昭和28年8月東京大学応用微生物研究所の創設に尽力
初代所長に就く(昭和32年まで)
1957年昭和32年還暦を迎える
「歌集醗酵」を出版
1958年昭和33年3月東京大学教授定年退官
1958年昭和33年東京大学名誉教授
1958年昭和33年日本ユネスコ国内委員会委員
1958年昭和33年パリのユネスコ総会に日本代表顧問として出席
1959年昭和34年1月特殊法人理化学研究所 副理事長
和光市への移転に尽力する
1959年昭和34年4月大阪大学工学部講師
1960年昭和35年4月日本学士院会員
1962年昭和37年8月フランス国農学学士院外国会員
1963年昭和38年3月第3回東洋レーヨン科学技術賞受賞
「核酸の一新分解酵素系とそれを応用した呈味物質に関する研究」
1964年昭和39年5月恩賜発明賞受賞
「微生物による5’-ヌクレオチド類製造法に関する研究」
1965年昭和40年6月フランス国レジォンドヌール勲章三等章(コマンドール勲章)受賞
1966年昭和41年6月第7回藤原賞受賞
「微生物による醗酵生産物に関する基礎的研究」
1967年昭和42年11月文化勲章受章
「微生物酵素学の発展に貢献」
1974年昭和49年11月勲一等に叙せられる。瑞宝章授与
1975年昭和50年1月新春御歌会始の儀に召人
1984年昭和59年脳梗塞のため療養生活に入る。その後、回復
1988年昭和63年1月「愛酒楽酔」を出版
1994年平成6年12月9日心不全のため逝去 享年97歳
従三位に叙せられる