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「弥生のムラ」コミュニティパーク事業

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年9月11日更新
  平成20年7月 国史跡に指定された吹上(ふきあげ)遺跡と釜蓋(かまぶた)遺跡を、平成27年春の北陸新幹線開業に合わせ、多くの人が集い、発掘調査の見学や米作りや勾玉作りなど弥生時代の体験をしていただけるよう整備を進めています。

吹上遺跡・釜蓋遺跡の位置

吹上遺跡・釜蓋遺跡 位置図

遺跡の概要

吹上遺跡

 主要地方道上越新井線(通称:山麓線)の建設に先立って発掘調査を実施したところ、全国有数の規模でヒスイの勾玉作りを行っていたことが分かりました。ほかに、勾玉・管玉の工房跡や竪穴建物跡、方形周溝墓などの当時の人々の生活の跡や、北陸地方や信州方面の影響を受けた土器などの多量の道具のほか、鐸形土製品など珍しい遺物も見つかっています。

遺跡の時代

 弥生時代の中頃(約2200年前)から古墳時代の中頃(約1700年前)にかけて、人々が暮らしていました。

遺跡の特徴

 弥生時代の中頃に盛んに行われた「玉作り」が遺跡の最大の特徴です。ヒスイ製勾玉は全国有数の生産量といわれ、ほかに緑色凝灰岩や鉄石英の管玉もたくさん作っていました。
 その基盤となったのは、青田川扇状地での稲作を中心とする周辺環境の豊かな食料生産力だったといわれ、米どころ越後の「米作り発祥」の地だといわれています。
 また、ヒスイの流通や出土遺物に見られるように糸魚川や長野を含む他地域と盛んな交流を行っており、上越地域の現在につながる東西日本文化の「交差点」だったといわれています。

発掘調査の様子(平成14年)

釜蓋遺跡

 上越市新幹線新駅地区土地区画整理事業に伴って実施した発掘調査で新たに発見されました。新幹線新駅と約200mという近さで国の史跡に指定されたことはとても珍しいです。

遺跡の時代

 弥生時代の終わり頃から古墳時代の初め頃(約1800年前)に人々が暮らしていました。

遺跡の特徴

 遺跡の特徴に、低地の環濠集落であることがあげられます。集落の東側には河川が流れており、それにつながるように幅2~5m、深さ2m程度の濠が集落を囲んでいます。
 その河川を使い、舟運による交流・物流の中心であった集落の姿は、中国の古い歴史書にある百余国あったクニの都を想起させます。古事記や万葉集に見られる高志國の沼河比賣(奴奈川姫)のクニは、3つの黒姫山に囲まれた範囲であったといわれています。その中心に位置する釜蓋遺跡は、「奴奈川のクニの謎」を解き明かす可能性に満ちています。
 また、遺跡のもう一つの特徴は、遺跡の東側に約200mという近さで建設されている北陸新幹線の新駅です。「新幹線を降りたら3分で弥生時代」を実感できるのは釜蓋遺跡だけです。

釜蓋遺跡

遺跡整備の計画

平成27年春の遺跡公園の開園に向けて、ワークショップやシンポジウムなどを継続・発信して、活動を盛り上げていく計画です。
市民の皆さんをはじめ、多くの方から遺跡の応援団になっていただけるよう活動を展開します。

吹上遺跡・釜蓋遺跡 パンフレット