平成27年(2015年)3月14日に、東京駅と金沢駅を結ぶ北陸新幹線が開通しましたが、この約百年前の大正2年(1913年)4月1日に、北陸本線(米原駅~直江津駅間)が全通し、新潟県及び北陸三県の人と物の流れに大きな影響を与えました。
北陸本線が全通した大正2年(1913年)4月1日及び翌4月2日発行の新聞記事です。
北陸本線では富山駅─直江津駅間の開業が最後になりましたが、同区間は富直線あるいは富山線とも呼ばれていました。
4月1日の紙面では、社説で富直線の開通の意義を述べているほか、特集として工事の経過や沿線の名勝・旧跡などを紹介しています。
4月2日の紙面は、前日の開業初日の様子を伝えています。
当時、高田で発行されていた新聞の1面と最終面の間の欄外には、汽車の時刻表が掲載されていました。
大正2年(1913年)4月1日からは、新たに北陸本線の時刻表が加わりました。
これによると、一日当たり直江津駅を50本前後の汽車が発着していたことが分かります。
また、現在と異なり、早朝及び夜間もかなりの汽車が発着していたことが確認できます。
富直線開通を記念して発行された絵葉書です。
当時、汽車は最先端の乗り物であり、経済活動の象徴でもありました。
このため、鉄道を題材にした絵葉書は、たびたび発行され、人気を博しました。
この市街見取図は、金沢市内の山下旅館(高岡町)と柳亭旅館(松ヶ枝町)が共同で作成しました。
「大正二年四月富直線開通記念」と記されていることからも分かるとおり、新潟県・富山県からの観光客等を当て込んで作成されたものだと思われます。