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村山市長記者懇談会内容(平成30年12月)

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年1月16日更新

平成30年12月25日(火曜日)

(市長)
 
今年一年、大変お世話になりました。
 12月の議会も18日で終わりました。とりわけ補正予算は、第7期の介護保険事業計画の施設整備や私立の保育園のICT化の支援、今年1月、2月の降雪によって損傷した除雪機械の手当という補正もありました。追加提案で、小・中学校のエアコンの普通教室の整備ということでありました。この補正予算をきちんと執行したいと思います。エアコンについては、来年2月中くらいには契約をして、間に合うような体制を整えたいと思っています。
 2点目は、18日に「中枢中核都市」に指定されたことです。首都圏を除いて全国で82の自治体ということですが、これも中身はまだはっきりしていません。ですが、「まちなかの活性化」、「国際的なビジネス環境の整備」というようなことが挙がっていると思います。地方創生推進交付金の上限が上乗せになるような話を聞いております。そういう状況の中で、当市の地方創生の中に組み込みながら、まちづくりを支援する形になればありがたいと思いますし、このことに合致するような方向で取り組んでいければと思っています。
 次に全体1年間を振り返ってみると、年初めの雪には参りました。夏の猛暑・酷暑にも参りました。それから台風も来ました。いずれにしても大事には至らず、市民のみなさんと一緒になりながら、生活を守れたかなと思う1年だったと思います。
 先のクリーンセンター、うみがたり、歴史博物館のオープンということで考えてみますと、価値ある投資というのでしょうか。これからの時代のためにやろうと思っていたことができた年だったと思います。うみがたりに足しげく、多くの人たちに訪れていただいていますので、まちの賑わいができるかなと思います。オーレンプラザでは、社会教育・生涯学習で絵を描いたり、詩吟を歌ったり、ダンスをしたり、お茶を点てたりという人もおられます。それから子どもたちが、子どもセンターで遊んでいる姿、その親御さんたちを見ますと、まちの未来みたいなものも見えてくるかなと思いながら、投資したものを市民のみなさんをはじめ、いろいろな人に使ってもらったと思っています。地域の未来とか、活力、賑わいに結びついていくような取り組みができたと思います。これからもしっかりやっていきたいと思っています。
 平成32年度中になりますが、上越のナンバープレートができることになりました。デザインも決まって、12月28日までに私と糸魚川市長、妙高市長の3人連名で国の方に申請をすることになります。
 それから気にしていたのは、平成30年の米作りです。数十年ぶりの大きな農政改革の中で、大きく混乱すると思ったり、米価がどのように変化するか、気になっていました。この夏の渇水と猛暑で作柄の指数は97くらいで良くなかったということ。早生品種の「つきあかり」の1等米比率が30%くらいしかなかったと記憶しています。この農政改革の節目の年は農業の環境が悪かったということで、米価も昨年より上がったということです。将来的に見ると米の消費が減っていく中で、農業をどうするかということになると、我々はコシヒカリという一流ブランドをもって、上越米を売ってきましたが、これからは売れる米、売り場所をしっかりと考えながら、需要に合った米作りをしていく必要があると思います。大規模経営、ほ場整備、中山間地の後継者をどうするかという問題もあるかと思っています。
 そのような心配をしながら、災害対応も含めてやってきた1年ですが、トータル的に見るとつつがなく、新年が迎えられると思っています。市民の皆さんも、そのように受け取ってもらえればありがたいと思います。

今年・来年の所感について

(記者)
 
先ほど、今年一年を振り返っていただいて確かに災害の多い一年であった一方、市長がずっと話をされてきた価値ある投資という位置づけで投資されてきたものが、芽を出した一年だったと思います。
 今年の漢字は「災」という一字ですが、今年一年を振り返って、市長が今年を漢字一字で表現するとしたら、どんな漢字になりますか。

(市長)
 
今年の一字は考えたことはなかったです。来年は改元の年、皇位が継承される年ということで、大きく変わる年。その先にはオリンピックがあるということで、今までのものがなくなって、新しい年は、改まってまたリスタートすると言いますか、自分たちで振り返り、先を見通しながら、スタートしていく年と思っています。これで災害も終わってほしいというか、新しい年は良い年であってほしいというか、この先は少し期待のできるものがありそうだと思っています。

中枢中核都市の選定について

(記者)
 
国が中枢中核都市に上越市を選定したということで、都市機能を充実させてくださいということと、昼夜人口があまり変わっていないので、都市としてベッドも仕事も両方ある周りの都市を引き付ける存在にということだと思います。この中枢中核都市の中身がよく見えないところもありますが、どんな位置づけで上越市はこんなことをしたいというのがありますか。

(市長)
 
この中枢中核都市という定義付けがなかなか難しいと思います。本来は14市町村の合併そのものが中枢中核都市をつくる作業だったと思います。ですから、上越市を中心部にしながら、周りの13町村を1つのエリアにしたということは、中枢中核都市としての在り様みたいなものを、合併で取り込んだと思います。
 今回指定を受けたことは、まさに合併した時の思いの中で、このまちを中心に13の町村と関係性を持ちながらやっていくという取り組みが合併の選択だったと思いました。今の中枢中核都市という言葉そのものが上越市の本来を語ってくれていると思います。
 今度は吟味しながら、ものごとをやっていく形になると思います。その分、期待というものがあります。上越市が合併した時に、すでに中枢中核都市という思いがあったのではないか、言葉は別にしてもそういう思いの中で、収斂していくまちをどうやってつくっていくか、将来にわたるまちをどうやってつくっていくか、そのことの在り様だったと思います。

元号と西暦の表記について

(記者)
 
来年は5月に改元があります。柏崎市はわかりやすさを重視するために西暦と元号の併記を決めたそうです。知る限りでは佐賀県がそういった予算をシステム改修のために計上しています。上越市は改元に伴う元号表記と西暦の考え方というものはどのようにお考えですか。

(市長)
 
平成というものをどうやって直していくか、作業的にシステムを直さないといけないことがたくさんあって、それを整理している状況です。そこに合わせて西暦で整理するというのは、多分システムの変更の中では難しい状況だと思います。
 どのように整理するか、今専門家の作業と併せて検討しています。とりあえずは、今あるものを変えていく、帳票などをどうやって直していくか、そこが今の悩み所だと思いますので、その悩みを整理しながら、併せて考えていければと思っています。

(記者)
 
市長ご自身、公文書に目を通す側からして新元号元年と平成31年が混在するというのは、わかりやすさの点でどうでしょうか。

(市長)
 
昭和でいうのか、平成でいうのか、西暦でいうのか、自分の頭の中では整理ができていますが、昭和何年がどうとか、平成何年が西暦の何年だということが仮に出てくるようなことになると、少し馴染のない状況が、市民の中にもあると思っています。そのようなことも片方に置きながら、今整理していると理解していただければと思います。

 第四銀行と北越銀行の経営統合について

(記者)
 
今年、第四銀行と北越銀行が経営統合しましたけど、所感はありますか。

(市長)
 
金融の内容は疎いですけれど、この低金利の中で地方銀行も苦しいと思います。それがこういう選択になったと思います。高田のまち、直江津のまちを見ても、2つの銀行の店舗が向い合せにあったりします。そういうものが収斂されてくると、まちの中である種の賑わいが欠けてきます。銀行が街並みから一つなくなることの寂しさは出てくると思っています。

新潟県知事について

(記者)
 
今年は知事も変わりましたけど。

(市長)
 
花角知事は、私と近い関係にあったことも含めて、非常に仕事がしやすいというか、話しやすい、感じのいい人だと思っています。政策通であり、意志はしっかりとしてぶれないです。だから決めていることを表に出すときは、ふんわりと出されますが、決められたことが違うことになることは、多分ないと思います。それだけ勉強もされ、信念をもってやられる人だなと思います。

うみがたりについて

(記者)
 
市長、うみがたりは何回くらい行かれましたか。

(市長)
 
私はオープンする前までは4、5回行って、オープンしてからは2回行きました。

(記者)
 
この間、60万人を超えたという話がありました。

(市長)
 
12月1日、159日目で60万人を超えました。この23日の日曜日も3千人弱が入っています。ありがたいです。雨が降っても確実に入れるということでおいでになっているようです。今日までクリスマスのいろんなイベントをやっているとのことです。今度は、大人の皆さんを対象に結婚式とか、バックヤードを見学するツアーをつくると言っていました。いろいろ出し物を考えていると思います。

(記者)
 
うみがたりにこれだけ人がいらっしゃっていて、経済効果もあるでしょう。それ以外に市民の皆さんが足を運ぶことによって人の動きが出てきたりとか、そういったもろもろの効果をまだ半年なのでなんともわからないかもしれないけど、どう評価されますか。

(市長)
 
経済効果のエビデンスをしっかりとることは難しいです。だからどのようにとればいいか、館の中だけのものは分かります。また食堂にどのくらい人が並んでいるとか、駅前で買い物をしてくれた人がどのくらいいたとか、水族館の駐車場には長野県の車が4割、富山の車が1割近くあったとか、こういう話は分かるのですが、それを経済効果になっているかどうかは、商店の団体にお聞きすることも一つであり、金融機関に情報を聞く形もあります。 
 こまめに旅館業はどうか、飲食店の関係はどうか、それからお土産物はどうか、交通、電車はどうか。いろいろな波及をそれぞれの立場で我々は収斂しながらやっていくことが必要だと思います。
 北越急行はうみがたりと大地の芸術祭で一般の乗客は伸びています。トキめき鉄道はわかりませんが、そのようにいろんなものを取りながら地域の経済効果がどれだけあるか測定する必要があって、これは年が変わってからそういうことをしっかりやっていかなくてはいけないと思っています。
 効果は1つの業種ではないので、関係の部局に足で稼いでもらい、その情報を取りながら、商工会議所にもそういうお願いをしていますが、そんな形でやっていければと思っています。

(記者)
 
ただ、なかなか設備投資につながらないのは、効果に限定的な部分があるのかなと思います。

(市長)
 
この春で、新幹線の駅前についても4年が経過して駐車場やホテル、お風呂ができたりしました。そういうのができてきて、横を見ながら何か展開するということです。水族館のところも賑わいが4年5年と続いたときに、海岸線にある皆さんもどうするか。少し様子見のところもあるのかなと感じます。

財政について

(記者)
 
(県内自治体の中で)財政調整基金をたくさん積んだ市長としての所感は。

(市長)
 
当市が今の状況で行けば、3年後4年後には厳しい状況になるということは間違いありません。予算規模に比してどのくらいのものかを考えると、上越市は1,000億円を超える規模で1割の100億円でしかないわけです。
 最初に市長になった時は、退職手当債を発行してはならないといいました。その後は過去の借金を5年くらいかけて返しました。借金しながら何かつくるとか、福祉につぎ込むわけにはいかないという状況が上越市にありました。財政はいくら景気が良くて税収が上がってきたといっても使い方と予算の中に配分の仕方によっては、苦しくなったりうまく行ったりすることがあるかもしれません。

経済情勢について

(記者)
 
今日、午前中の日経平均株価が1,000円くらい一気に下がって2万円を割り込みました。市内の上場企業、それに関連しての企業があります。世界経済の減速感が強まっている中で、税収の部分も後々関わってくると思います。どうご覧になっていますか。

(市長)
 
上越市内の製造業が海外との関係、それから為替で関係するのがどこまであるかちょっと見えません。いずれにしても乱高下するのは、投機家の中でどう動いているのかわからない状況です。株が下がって円が上がった時の利益を誰が得るのか、そういうのを見てくると上越の企業にとってどうなのか。海外へ進出している企業もあります。景気の実感はありませんが、税収としては300億円を超えました。そういう面で上越市は景気の回復基調にあるのかなと思っています。

野球場の建設について

(記者)
 12月議会の一般質問を見て思ったのは、上越市野球協会の要望を受けて野球場のことを聞いている議員が4人くらいいたと思います。市長もその要望を受けた時はそんなむげにでもなかっただろうし、答弁も教育委員会も含めて門前払いでもありませんでした。その答弁を見る限り協会の皆さんは期待感が高まる感じだと思いました。

(市長)
 
上越市が野球場を作る話は、私が県の職員の頃と重なっている時期、平成8年から10年のころ、上越市に県立の施設がないということで県に要請があり、上越市と県が交渉しながら雪があるからドームで高校野球ができるような球場を100億円で作るということでジャッジをしました。結果的には上越市が用地を提供できないという状況になりダメになりました。その前は杉野袋に野球場をつくる話がありました。その2つの話がダメになって今の話になってきました。高田公園の野球場はあれから改修して、前の市長も手をかけて来ました。だから中途半端に終わるわけにもいかないこともあって改修をしてきました。
 高野連にも話をしながらここで大会を開催するという約束をしました。結果的に作った時は開催されましたが、その次になると佐藤ヶ池球場があるから、交通の便が遠いからということもあったりして選定されませんでした。
 この間何十年も話が出たり消えたりしている中、今の野球場を立派なものにしましたけど、どこか中途半端なものだとすれば、きちんと考えてみることが必要かもしれないと思ったことが経緯であります。今回の答弁もそんなことがあるので過去の経緯も含めて教育委員会にしっかりとした整備をする時になったらどういうことがあるのか、少し考えてみたらどうだという話を指示したのが偽らざる状況です。

(記者)
 
高校野球の北信越大会が開かれる場合はここが便利ですよね。

(市長)
 
武道館はまさにそうですよね。テニスのシニアの北信越大会はここでやっています。地の利はあるので、施設として使ってもらうには北信越のものになればと思っています。BCリーグの本拠地を上越でと言いましたが長岡に行きました。地理的には北信越の真ん中だからここにあってもおかしくないと思ったりして話をしたこともありました。
 今回は、そういうことで野球場に対する思いがあって要望に来られたとすれば、火が残っていたとして、それを受けて検討しましょうという話にしました。


(注)新元号が未定のため平成と表記