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村山市長記者懇談会内容(平成31年4月)

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年5月15日更新

平成31年4月22日(月曜日)

(市長)
 
新年度が始まってすぐ、第6次総合計画の後期基本計画と第2次財政計画について、市内5か所で説明会を開いています。2回が終わりましたが、なかなかお出でいただく皆さんが多い状況ではないということです。これからまだ3回ありますので、足を運んでいただいて、ご意見をいただければと思います。
 4月1日から15日の間で94回目の高田城百万人観桜会が行われました。今年は、1日から始まりましたが、2日の開花が雪の中でした。どうなるかと心配しましたが、8日の満開、そして、6日、7日と13日、14日の2回の週末は天気が良かったけれどもずいぶん冷え込んだということで、花も長く持って本当に良かったと思っています。120万5千人の入込数だと聞いていますが、非常に良かったと思います。
 13日と14日に、うみがたりの入場者にアンケートをしてもらいました。160組くらいだと思いますが、市外から来られた方が90%近かったです。そのうち、観桜会に行ってこられた、あるいは行く予定の方が70%近くおられたということです。そういう面では回遊が始まったかなと思っていますし、連休がありますので、今から渋滞対策を考えるということで前もって作業をしています。
 それから、昨年の7月にオープンした歴史博物館の展望デッキですが、エレベーターが長蛇の列で、上に上がりたい人がなかなか上がれない、上に上がったらカメラを構えている人が相当な数おられたということですが、デッキをつくったことで楽しんでもらっていると思いますし、上越青年会議所が観桜会会場に運んだ雪をスクリーンにして、桜や上越の映像を映し出したプロジェクションマッピングも良かったと思います。うみがたりも図書館の前に活魚車を持って行って、サクラダイなどを展示する移動水族館をやりましたが、バスを待つ人たちが見てくれて、水族館に行きたいという話もあったと聞いています。いずれにしても、市民のイベント、舞台での取組も含めて良かったと思います。
 新年度予算の目玉として、それほど大きな金額ではないですが、移住・定住コンシェルジュを配置し、情報発信と地域との交流、住んでもらうための相談支援、定住支援に取り組んでいこうとスタートしました。明日、委嘱状の交付式があるということですが、移住・定住コンシェルジュに決定したのは、上越にUターンしてこられた40歳代の女性だそうです。旅行関係の仕事にも就かれていたとのことで、人手不足、労働力不足という中で、地域とのマッチングをしっかりとやってもらいたいと思いますし、移住相談、定住支援について全力を尽くしてもらえればと思っています。
 もう一つはドイツのパラリンピックの柔道選手についてです。15日から今日まで熱心な練習をしてもらいました。私も一回練習を見に行きましたが、新潟県や富山県、岐阜県などの県警の柔道部の猛者が集まって、その人たちと本気になってやっている姿を見ると、近くで見るオリンピック・パラリンピックの選手の迫力はすごいものだなと感じました。上越の食や文化、子どもたちとの交流を含めて、今日お帰りになりますが、この結果を持って帰って、今年中に事前合宿の組織決定がされるのではないかと思っていますので、事前合宿地として選定されるよう、これからも頑張っていければと思っています。
 大型連休が始まります。10連休ということですので、遺漏のないよう、いざという時に対応できるように防災も含めて、取り組んでいかなければならないと思いますし、医療機関や保育の関係もありますので、それもしっかりやっていきたいと思います。
 長い連休は新天皇の御即位による祝賀ということですので、1日から3日までは市民プラザで、3日は木田庁舎や総合事務所で記帳を受け付けたいと思っています。新しい「令和」の時代が来ますし、連休がありますので、少し緊張感を持ちながらも連休を職員には休んでもらって、また新しい取組をしてもらいたいと思っています。

田中弘邦氏のご逝去について

(記者)
 
田中弘邦さんがお亡くなりになりましたが、改めて思い出をお話しいただければと思います。

(市長)
 
私が上越に転勤してきたのが、平成15年です。上越市のまちづくり、地域づくり、そして合併した後のいろいろな課題を抱えていた中で、市長を助けるためと思って頑張ってくれとの声掛けが最初にありました。県の職員だった私をそういう形でみていただいて、声をかけてもらったことで、今があると思っています。
 非常に経験が豊富でいろいろな人と関わっておられた。また、全国の特定郵便局の会長もされたということで、経済人だけど、政治家という部分もあったと思います。15年くらいの付き合いをさせてもらったわけですが、折に触れて大きな声を出されたときもありますし、にこにこしながら良かったなと言ってくれたこともありました。
 上越商工会議所の会頭を19年も務められたことを考えると稀有な人材であり、稀有な存在であったと思いますので、そういう面では巨星墜つの感があると思います。総じてかわいがってもらったと思いますし、残念だと思いますが、残された遺志が随分いろいろなところにあると思いますので、そういうものを自分の中にしっかりと置きながら、何かできればと思っています。
 水族館の整備に随分、気持ちがあったようで、完成を喜んでくれたと思いますし、北陸新幹線の開業も同じような思いだったかと思います。新幹線の開業に向け陣頭指揮をとられて、地域の経済界をまとめられたのも、田中前会頭だったと思っています。

(記者)
 
初めてお会いしたのはいつ頃ですか。

(市長)
 
平成15年の4月か5月だったと思います。振興局長として上越に来た時に、建設業や産業界の皆さんの所に挨拶に行ったというのが最初です。

(記者)
 
一番、田中さんが頼りになった部分はどこですか。

(市長)
 
ブレなかったことですね。私のすることに対して、田中さんの方から「それで良いよ」と言ってくれることがよくありました。

(記者)
 
田中さんとはお付き合いが続いていたと思いますが、政治の話や市政の話はありましたか。

(市長)
 
郵政国会の時の話は随分記憶があります。郵政国会で、小泉首相に大反対して、反対の核になったのが田中さんですから。自分たちが築いてきた郵政が民営化されてずたずたになると、私にもよく話していましたし、あの時の対応は鬼気迫るものでした。確かフランスの記者がわざわざ上越まで来てインタビューをされていました。そのくらいの迫力がありました。

(記者)
 
市政に対する注文みたいなものはなかったのですか。

(市長)
 
全くない。逆に「我々に入れというと迷惑になる」と。

(記者)
 
田中さんが会頭を退任されるときに、村山市長のどんなところを支持したのかとお聞きしたら、財政が一番明るいということを知って押したと言っておられました。

(市長)
 
来た時にはあまりお付き合いがないけれども、上越市の財政が厳しいということは経営者であるから、知っていたのでしょう。平成19年に市で水族館を作るのが難しいという判断をした時に厳しいということを理解されたのだと思います。

(記者)
 
また市の財政は厳しくなっていますが、田中さんの中に心残りがあったのではないかと思われる部分もあります。やはり財政の厳しさの解消は難しいですか。

(市長)
 
厳しいことを厳しいとその時期に言って、いろんな議論を乗り越えてきました。事務事業評価の説明会に行くと、財政の健全化をどうしても守らなければいけないから、そっちを一生懸命やってほしいという意見が地域協議会の中から出てくるそうです。出すべき時と情報を共有しながらどういう取組をしていくかというのがこれからだと思います。厳しいことは厳しいですが、しっかりと取り組んでいければと思っています。

(記者)
 
田中さんに最後にお会いになったのはいつですか。

(市長)
 
2月24日に、私の後援会支部の役員会に車椅子で出てきてくれました。隣に座って役員の皆さんに、厳しい話と上越のために一致団結しないといけないということを車椅子に座りながら話されたのが最後かなと思います。それで28日から入院されたと聞いています。残念でした。

オリンピック・パラリンピックの事前合宿について

(記者)
 
東京オリンピックのドイツ体操チームの合宿がすでに決まっていますが、事前合宿で来られたら、市民の方にはどういう所を見て欲しいのかということと、行政サイドでどういうことに気を付けなければいけないのかということを聞かせてください。

(市長)
 
昔からいろいろな大学の合宿が来ていて、上越の体操に興味のある皆さんは非常にレベルが高いです。市民の方については、体操を通じた国際交流ができるような、息の長い交流につなげる取組を、オリンピックを契機として出来ればと思っています。パラリンピックの柔道も同じことです。文化の交流や食の交流などを相互に出来ればと思っています。 

うみがたりのイルカの補充について

(記者)
 
水族館のイルカを指定管理者から融通してもらう方向で、という話が出たと聞いたのですが、どうなっていますか。ゴールデンウィーク前というタイミングが一つあると思うのですが。

(市長)
 
結果的にゴールデンウィーク前の対応は難しいということになりました。連休中は最高7回パフォーマンスをやりますが、20分のショーを15分にしながらやるということです。イルカの体力的に大変ではないかと思いましたが、イルカはショーのほかにトレーニングを見えない所でやっていて、そのトレーニングもショーとして見られるようなしつらえにしたいと言っていましたので、皆さんには楽しんでもらえるかなと思っています。
 連休後6月以降にイルカの移動があると思っていますので、指定管理者と相談したいと思っています。

(記者)
 
6月以降ということになりますか。

(市長)
 
飼育施設でのトレーニングや、うみがたりのイルカとの相性もあるので慎重になっているのだと思いますが、調整をしたいと言っていました。

「令和」に対する所感について

(記者)
 
「令和」について、直前なので改めて所感をいただきたいと思います。

(市長)
 
新天皇の御即位と、現天皇の御退位というのは経験したことが無いことで、前回の昭和天皇の崩御による平成の始まりとは少し違うと思っています。前回は自粛ムードでしたが、今回は慶賀としての取組があるので、そういう気持ちが明るい景気へと向かってほしいという願いがあります。5月1日以降のいろいろな取組が地域活性化、活気につながり、日本全国が盛り上がるような状態になればいいと思います。