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村山市長記者懇談会内容(令和元年6月)

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年7月18日更新

令和元年6月25日(火曜日)

(市長)
 先ほど、高田で行われているオープンガーデンに6か所くらい行ってきました。リピーターも含めて、今年も1万人を超える皆さんに来ていただきました。観光バスで来られた方もおられたということです。地域の人たちが自分の好きな花を育て、愛でながら、他の皆さんが喜ぶような、高田のおもてなしをそれぞれでされていて、非常に良かったと思います。
 6月18日の午後10時22分に山形県沖を震源に、震度6強、マグニチュード6.8の地震が発生いたしました。震度と津波がどうなったかが一番心配でしたが、そんなに大きなものでなくて良かったと思います。避難所は市の職員、また町内会にお願いしているという約束事の中で、27か所開設しました。5か所の避難所で60人の皆さんが避難されたということですので、そういう面ではスムーズに動いていたと思っています。家屋の判定で、私どもに要請があるかと準備もしていましたが、村上市近隣の市町村で対応できるということで、今回はありませんでした。いずれにしても、早く復旧してもらえばと思いますし、何かできることがあればお手伝いしたいと思っています。
 6月5日から19日まで市議会6月定例会が開催され、補正予算と条例の一部改正などすべての議案を可決していただきました。中でも今回は、ちょうどその頃に高齢者ドライバーの甚大な事故が発生して、マスコミを含めて大きな話題になりましたので、議題の中でも高齢者ドライバーが運転免許証を自主返納した後ですとか、免許証を持たない皆さんの足の確保、移動の確保をどうするかということが問われたわけですが、時代が要請していることですので、しっかりと取り組まなければいけないと思いました。路線バスだけではなくて、乗り合いタクシーですとか、互助・共助で地域の皆さんの力を借りながら、地域の移動を確保していく、そういう知恵を出さないといけないと感じたところです。
 リリエンフェルト市に6月28日から7月2日まで、3泊5日で行ってきます。オーストリアと日本の国交樹立150周年という節目であることと同時に、この3~4年の間にリリエンフェルトの市長さんやスキー関係者が上越に何回かお出でになりましたし、今回は、リリエンフェルトの市長から招待状をいただきました。スキーがご縁での付き合いをもう少しきちんとしようじゃないかという話だと思います。1月12日は高田でレルヒ少佐が日本人に初めてスキーを指導したという日です。上越市にスキーが伝来した、これは種子島の鉄砲と同じ感覚で捉えれば、歴史の中の重さというものがあると思います。我々は、なかなか発信することがうまくないですが、新潟県知事もスキーリゾートの話をしたり、2022年の北京オリンピックの話をしたりもしていますので、スキーが伝わった上越市というそのプレゼンスをどうやって発信するのかということを考えなければいけないと思っています。観光を含めてキューピットバレイもあるし、日本スキーが発祥したと言われる金谷山もあるわけです。隣には赤倉や新井リゾート、池の平、杉ノ原など大きなスキーエリアがありますが、スキーが伝わったのは上越からで、スキーの技術だけでなくてスキー産業として発達したのもこの上越です。それらも含めてスキー資料館から発信して、上越もそういう思いを持って、というプレゼンをリリエンフェルトの皆さんにして来られると思っています。上越を紹介するビデオを持って行って、向こうで見てもらう予定です。
 それから、うみがたりが2年目に入るわけですが、うみがたりの取組、また、6月22、23日に実行委員会の皆さんが開催された1周年記念イベントのようなものによっても賑わいが出ると思いますので、しっかりと取り組めればいいと思います。
 7月20日から行われる蓮まつりは、今回でちょうど40回目を迎えます。20日からお盆過ぎまで蓮が咲くと思いますが、昨日、一昨日見たら少し咲いているのかなという感じもしました。昨年と葉の茂り方は大体同じくらいだと聞いていますので、賑わってもらえればと思います。蓮まつりと併せて歴史博物館も、リニューアル1周年の企画展「上越の寺社と徳川の城・高田」を開催しますので、集まってもらえればと思います。
 7月23日からは上越まつり、いわゆる祇園祭が始まります。高田から始まって直江津に帰って、7月29日の御饌米で終わる、1週間の短い祭りですが上越が一番活気のある状況になってくると思いますので、楽しみにしています。
 議会が終わった後いろいろありましたけれども、これらのことを夏に向けて取り組んでいきたいと思っています。

うみがたりオープン1周年の所感について

(記者)
 うみがたりが明日でちょうど1年です。入館者数は90万人いかないくらいですが、この数字をどう受け止めていますか。

(市長)
 うみがたりに対する関心、興味をこれだけの人たちに持っていただくことができたというのは非常にありがたいことだと思っています。一時は渋滞でお叱りを受けたこともありましたけれど、それほど多くの皆さんにお出でいただいたということと、そのことを踏まえながら指定管理者の運営、ハンドリングがあったと思います。2頭のイルカの死亡という残念なこともありましたけれど、6月26日からはシロイルカがダイバーと一緒にパフォーマンスをすることになりました。シロイルカも非常に頭の良い動物だということで、いろいろなことをするということです。この1年間で90万人近い皆さんからお出でいただいたことに感謝申し上げながら、これからもリピーターとして、また新しい催事には子どもたちを含めて来ていただければと思います。学生や子どもたちに博物館としての機能もしっかりと訴えていく学びの場でもあると思いますし、憩いの場でもあったり、また、パフォーマンスを楽しむ場であったりもすると思いますので、そのような機能を指定管理者と協議しながらやっていければと思います。

(記者)
 1年目としては予想よりもたくさんの人が来てくれたということですが、2年目、3年目はそれをどう維持していくかが課題になると思います。そのことについて、考えていることはありますか。

(市長)
 私もそれが気になって、6月15日の土曜日、夕方最後のドルフィンパフォーマンスにどのくらいの人が入っているのかを見に行きました。午後6時からのパフォーマンスに会場の8割くらいが埋まっているのを見て、天気が良くなくて夕日の見えない時に、あれだけの皆さんにお出でいただけるというのは魅力があるということだなと思いました。その時にプラスチックが海に流れて動物に影響を与えるといった環境に対する展示がありました。水族館の持つ華やかな部分だけイメージしていましたが、ゴミの塊が積んであるのを見た時に、博物館としてこういうことも発信して、関心を持ってもらうことが、これからの時代は大事だと思いました。

バンドウイルカの補充について

(記者)
 バンドウイルカを増やす方向で進んできたと思うのですが、その状況はいかがですか。

(市長)
 パフォーマンスの話とは別に、非常に難しい問題があるということがわかりました。どちらかというと、メスが多い環境の方が良いということですが、全国的にメスがいないのだそうです。イルカならなんでも連れて来ればいいわけではなく、オスとメスが1頭ずついる中にオスのイルカが入ることによって、関係性が成り立たないということがあるそうです。今、指定管理者で一生懸命検討しているということですが、イルカをどうやって確保するかが難しいと言っていました。

(記者)
 夏くらいに、という話がありましたが、難しいということですか。

(市長)
 難しいという感じはします。指定管理者で鋭意進めているけれど、なかなか約束できる状態にないと教育委員会から聞いています。

(記者)
 メスがいないというのは、なかなか捕れないということですか。

(市長)
 全国的にいないのです。JAZA(日本動物園水族館協会)の中においても、例えば和歌山県太地町(たいじちょう)で捕ったものは駄目とか色々な制約が随分出てきたので、野生ではもう捕れない。

(記者)
 国内の水族館にいるメスが少なくなっているということですか。

(市長)
 メスが少なくなっていて、融通するのが非常に難しいということだと思います。かつてのように太地町で捕れたものを入手するやり方が国際的に難しくなってきていて、どうやって繁殖させるかといった中でメスが大事にされていて、不足気味だということかもしれません。いずれにしても買ってくる、持ってくるということがなかなか難しくなっているのは間違いない事実です。

うみがたりの経済効果について

(記者)
 うみがたり関連ですが、例えば糸魚川のマリンドリーム能生なども昨年度の決算を見ますと割と集客が多く、業績が伸びています。それがうみがたり効果というかは、まだ分析をしていないそうですが。また道の駅あらいもそうです。その辺の効果を市として分析されますか。

(市長)
 うみがたりで行った館内アンケートでは、地域別の入館者は県外が相当のウエイトを占めていて、長野が25%くらい、富山が5%くらいです。うみてらす名立も非常に業績が伸びています。個人の車でうみがたりに来て、帰りがけに寄っていく方もおられるでしょうけど、バスツアーの利用が増えています。新幹線がこれだけ走っているのにバスツアーでの利用が増えるということは、上越妙高駅がJR西日本とJR東日本の結節点であることが大きく影響して、上越妙高駅の使い方というのか、拠点性みたいなものがだんだんと出てきているのだと思います。上越妙高駅で新幹線を降りて、長野や東北、新潟方面にバスで行くというツアーも随分あります。
 長野からうみがたりに来る人はほとんどが自家用車だと思いますが、マリンドリーム能生はやはり、一年間を通していろいろな催事を仕掛けていますから、その分の頑張りもあったと思います。うみてらす名立もツアーの影響もありますが、新鮮な魚を提供できるといったこともあったと思います。

(記者)
 うみがたり関係の議会の答弁の中で、経済効果について数字的なものを示されるとおっしゃっていました。計画段階での試算は、建設費が膨らむ前の状態でプラスという数字だったと思うのですが、建設費が上がった状態でも、それを上回る経済効果がありうるとお感じでしょうか。

(市長)
 経済の波及効果は、まちなかへの波及だけでなく、建設そのものにも効果が出てくるわけです。入館者数などの実績をきちんと整理した段階で、当時推計したものの数字を全部置き換えて計算してみたらどうなるのか、9月過ぎに算出したいと思っています。
 花見の経済効果もそうですが、そこに数字を入れてどうかという算式がありますので、その算式の中に直近の数字を入れて、一定の条件の中で効果はどうかということは測定したいと思っています。

(記者)
 9月に出せるということですか。

(市長)
 発表できるのは年内くらいかと思っています。

(記者)
 上回っている見通しというか感触はありますか。

(市長)
 上回るものはあると思います。

参議院議員選挙について

(記者)
 参議院議員選挙が来月に控えていますが、今のところ、新潟は二人の方が名乗りを上げていらっしゃいます。活動も本格化してきている中で市長としては、どちらを応援するのでしょうか。

(市長)
 今のところ、お二人からも、その話は全くありません。衆参同日選挙だとかいろいろな議論がありましたけれど、参議院議員選挙が国政に大きな影響を与えることは間違いないことだと思いますので、国の方向性の中でどういった状況が生まれるかということは国民、市民の皆さんも非常に興味があると思います。お話をいただければ私自身が判断する必要が出てくると思っています。

上杉家伝来の甲冑等について

(記者)
 6月23日まで長野市立博物館で、「サムライの威容」という企画展がありまして、上杉家伝来の甲冑や高さ1.5mの丸扇馬標など、謙信が使ったとされるものが展示されていました。佐久市教育委員会が上杉関係のものを400点くらい持っているそうですが、普段は収蔵庫に眠っていて、今回、それを長野市立博物館で借りてきて展示したということです。私の認識だと上杉のものはみんな米沢に行ってしまって上越にはほとんど残っていないということでしたが、佐久にこんないいものがあって、眠らせておくのはもったいないなと。上越で活用できればいいと思うのですが。

(市長)
 佐久市の柳田市長とは、中部横断自動車道の建設促進に連携して取り組んでいて、私も懇意にさせてもらっているので、連絡してみます。

ボート転覆事故に係る損害賠償請求訴訟の提起について

(記者)
 ボート事故について損害賠償の訴えが起こされて、市も被告という形になりますが、市としてのお考えと今後の対応はいかがでしょうか。

(市長)
 これからお互いがお互いの主張をするということです。まだ訴状の内容ですので、どういう話ということは少しご遠慮させてもらいたいと思いますが、いずれにしてもお互いの主張を裁判官に届けてご判断いただくということについては真摯に取り組んでいければと思います。

(記者)
 市としては争う方向ですか。

(市長)
 我々も我々の主張をするということになると思います。
 痛ましい事件でしたが、時効のぎりぎりになって訴えられたということを考えると、原告の皆さんも苦しんで、最後の最後まで苦しんで訴えられたと思います。我々も当時の状況をしっかりとつぶさに把握していますので、市としての主張はしていきたいと思います。

(記者)
 業者や同乗された方も訴えられていますが、その辺の皆さんと連携するということはありますか。

(市長)
 それぞれが訴えられていますので、我々は上越市として状況をきちっとお話させていただいてご判断いただくという作業しかないと思います。業者の皆さんや同じボートに乗っていた方も訴えられたということであれば、その皆さんはその皆さんとして答弁されるのだと思いますので、上越市もその一人として対応していきたいと思います。

山形県沖で発生した地震について

(記者)
 6月18日の地震の件について、上越市は津波が微弱ということでしたが、津波注意報が出た時点で、既に波が来ていたという状況がありました。そういった場合、津波の到達を上越市はどのように把握しているのでしょうか。

(市長)
 現実的には、気象庁の発表を見ながらやっていて、我々には、津波の到達を解析できるような技術はありません。今回はもう既に津波が来ているという状況でしたが、私が一番心配したのはどれだけの大きさの津波が出るのかということでした。今回は、県が津波浸水想定で発表したのと同じ水域である山形県沖で発生したわけです。地震が連動した時には10mを超える津波が発生するということでしたが、それは何千年に一回だからあまり心配しなくていいと、議会で話をしたばかりでしたので、私も相当焦ってすぐに登庁しました。中越沖地震や中越地震の時にはあまりなかったのですが、ここ最近はずっと津波の議論がされていますので、私も非常にシビアになりましたが、おかげさまで何もなかったということです。我々は気象庁の情報を聞きながら対応せざるを得ないので、絶えずラジオを聴いて、いろいろなことを想像しながら市役所へ来たのですが、結果的にああいう形で済んでよかったです。

(記者)
 今回の津波は微弱だけど、恐ろしく早く到達したという形でした。今後、より大きな津波が恐ろしく早く到達する可能性があるかもしれないということを見据えて、市として対応策の検討などをされる予定はありますか。

(市長)
 ある市民の方から、避難所に行ったけど開いていなかったと連絡を受け、その方が次の日も市役所に来られて、どうして開かなかったのかしっかりと見てくれと、すいぶん厳しく言っていかれたと聞きました。避難所は町内会に開けてもらうところと、市の職員が開くところの二通りの約束事になっています。一番避難所に近い人がすぐ避難所に行ったら開いていないというのはあると思いますが、避難所を開設する指示が出た時に、何分以内に開けるという時間的な決め事をしないと、避難する人たちに迷惑がかかる。そういうことがうまくスムーズにいくような取組をしなければいけないと思いました。ニーズは本当に細かく複雑になって来ていますけれど、行政でできる部分と、時間的な関係性をどうやって詰めていくか、今回の経験も含めて考えていかなければいけないと思っています。

(記者)
 高台にある指定避難所に行くために、海沿いの道路に出なければならないという事例が上越市ではありますか。

(市長)
 一定の条件でハザードマップに色が塗ってありますが、その中に避難所があるとやはりそうなると思います。
 ハザードマップで色が塗ってある地域の人たちは津波が来る時に10kmも20kmも逃げられませんから、その中で高いところに上がるわけです。色の塗ってあるところを通らないと避難所に行けないというのは、ありうると思います。直江津の港町でそのような議論を3年、4年前にしたことがあります。

(記者)
 村上市は災害時の要支援者リストを作っていて、町内会で決めたパートナーが避難する時に要支援者を連れていくことになっているそうです。今どきの高齢者の方は個人情報を気にするので、要支援者リストを出してくれるなと言う人も増えていると聞きますが、上越市ではどうなっていますか。

(市長)
 自主防災組織が出来ていないような地域では、支援者の選定がなかなかうまくいかないことがあるというのも事実ですが、ほとんどのところが要支援の皆さんについては、決まった方が支援をするという体制が出来つつあるということです。

(記者)
 新潟市では避難指示が発令された一方、多くの避難所が開かれませんでした。新潟市としては高台に逃げてくれという指示だったという言い方をしていますが、やはりハザードマップがあると避難所に行くだろうと思います。大きい都市になると、その齟齬というのがありますが、上越の場合、山の方に逃げろとうまく発信するのかどうかということと、防災行政無線や防災ラジオの使い方を検証することがあるのかどうかということを聞かせください。

(市長)
 危ないと思ったらすぐ避難所に行く人もいるので、避難所が開いていないということが往々にしてあるだろうと思いますが、警報が出たら、少なくとも5分なら5分、3分なら3分以内に開けてもらうという状況を作っていく。そういうことを徹底していく必要があると思います。今回は、停電がなかったからよかったですが、夜で停電して雨の日だったらとか、いろいろな条件が重なると非常にハードになってくると思いますから、そういうシビアなものをどうやって我々がうまく吸収できるか、知恵を絞らなければならないと思います。

(記者)
 新潟中越地震から、内陸地震については行政の対応も非常にいいのですが、津波についてはなかなか意識付けが無くて、村上もちょっと混乱したのかなという感じはします。

(市長)
 私も地震発生のニュースでは混乱しました。津波が来たらどうするか、津波がどのくらいの高さになってくるか、ものすごく緊張しました。上越市域において、津波は経験したことがありません。大雨の経験はあるけれど、海から来るものはないですし、河川に遡上する波なんか経験したことがない。だから何もしないですぐに出てきました。午後10時25分にはもう家を出ていたと思います。午後10時50分には市役所に着いていましたから。車を運転しながら、直江津の港町あたりに保倉川から遡上した波が入ったらどうなるのか、この道を行けるのか、信越化学や佐渡汽船あたりはどうなるのか、本当に気になりました。悪いことを想像して、それによってだんだんと自分自身、追い込まれましたが、やるべきこともわかってくるといった感じでした。

(記者)
 今回、一番気になったのは津波の件ですけれど、市として直江津港や関川の下流、保倉川の下流などに監視カメラの設置はしていないですよね。インターネットを見ても、国道と高速道路の映像は結構あるのですが、河川はない。あれば便利だと思いました。

(市長)
 河川は国や県の管轄で、市の管轄でないので何とも言えませんが、やはりそういう話は出てくると思います。

(記者)
 直江津港のライブカメラが佐渡汽船に付いているけど、それだけですよね。保倉川や関川の河口など、川を上ったところにいくつかあれば、夜でもなんとなく遡上するのが分かると思います。