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斐太遺跡群 吹上遺跡、斐太遺跡、釜蓋遺跡

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年5月29日更新

釜蓋遺跡(斐太遺跡群)(画像)吹上遺跡全景(画像)吹上遺跡出土品(画像)
吹上遺跡(斐太遺跡群)(画像)釜蓋遺跡全景(画像)釜蓋遺跡出土品(画像)
(国指定、史跡)

  • 名称:斐太遺跡群 吹上遺跡、斐太遺跡、釜蓋遺跡
  • (名称ふりがな)ヒダイセキグン フキアゲイセキ ヒダイセキ カマブタイセキ
  • 地区:旧上越市

微証・伝来

斐太遺跡群は、弥生時代から古墳時代の高田平野南部の丘陵地から平野部にある3遺跡から成り立ちます。いずれの遺跡も、この地域が扇状地で水田耕作に適していたこと、日本海側と中央高地(長野方面)を結ぶ交点だったことから地域間交流の拠点であったと考えられています。斐太遺跡群は、この地域の成り立ちや拠点集落の移り変わりがわかる非常に貴重な事例です。

吹上遺跡:大規模な玉作り工房を持つ弥生時代中期から古墳時代前期の遺跡です。弥生時代中期を中心に勾玉・管玉などの生産が盛んに行われ、特にヒスイ製勾玉の出土数は全国有数です。また、石包丁やこの地域には珍しい銅鐸型土製品や銅戈型土製品が出土しています。

斐太遺跡:弥生時代後期から終末期の東日本最大級の高地性環濠集落です。谷と環濠に囲まれた中に200基以上の竪穴住居をもつ防御性の高い集落で、遠方との交流を示す遺物も出土しています。

釜蓋遺跡:弥生時代の終わりから古墳時代はじめの大規模な環濠集落で、遺跡の東側にあった河川も環濠の一部として利用していたと考えられています。環濠内部からは、近江など遠方の土器が多数見つかり、複数の建物跡や舟運を思わせる川べりの建物跡から物流の中心となった拠点集落だったと考えられています。