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村山市長記者懇談会内容(令和3年6月29日)

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印刷用ページを表示する 掲載日:2021年7月21日更新

市長記者懇談会を開催しました。

  • 日時:令和3年6月29日(火曜日)午前10時30分~11時20分
  • 会場:市役所 4階 市長応接室

質疑概要

(市長)
 お忙しい中、集まっていただきましてありがとうございます。
 18日には、本県も含めた北陸地方が梅雨入りしたということですが、なかなか梅雨のような天気になりません。田畑は、今が一番恵みの雨を求めている時期ですので、心配する向きもあります。
 ただ、出水期であることは間違いないですし、大きな台風が発生しているようですので、水害にも備えなければならないと思っています。
 また、6月議会が終わりました。個人的に言えば、残っているのは9月の議会だけかと思っていますが、引き続き緊張感を保ちながら仕事をしています。
 今日は、新型コロナウイルスワクチン接種の話からします。
 医療従事者を含め、関係する皆さんのおかげで、全体としては、順調に進んでいると思っています。
 ワクチン接種を希望する65歳以上の皆さんは、今日時点で5万8,789人おられると担当から聞いています。そのうち1回目の接種が終わった方が5万5,451人で94.3パーセントです。また、2回目の接種が終わった方は4万405人で68.7パーセントです。関係者をはじめ接種される皆さんのご協力があって、順調に進んでいると思っています。
 これから12歳から64歳までの皆さんの接種を始めるわけですが、とりわけ16歳から22歳という皆さんの中には学生さんがいて、夏休みもありますので、7月10日、17日、18日に接種する予定で進めています。
 23歳から64歳までの皆さん宛には6月22日と28日に案内を送っていますので、その皆さんは、7月24日から集団接種が始まる予定になっています。
 また、県が頸城区に設置した大規模接種センターでは、7月3日から接種が始まります。早く接種を受けたいという皆さんについては、大規模接種センターをお勧めするということがあると思っていますが、いずれにしても、間違いなく対応していきたいと考えています。
 今回、12歳から15歳までの方が増えました。保護者の皆さんや家族の皆さんで相談していただいて接種するということになります。12歳になった月から始まりますので、8月以降は、12歳になられる方を対象として1か月単位で通知を出し、接種を管理していくという形になります。詳細は、この後の担当部局による記者説明会でお聞きください。
 6月11日以降、上越市では感染症患者が確認されていませんし、新潟県全体としても随分と収まってきていますが、これに慢心することなく、ワクチン接種の有無、感染症患者の確認の有無に関わらず感染予防対策をしっかりと対応していく必要があると思っています。
 私自身も、ワクチン接種の前には、毎朝家を出るときと市役所に入るときに手指消毒をしていましたが、接種を受けた後の1日は少しうっかりして、消毒をしませんでした。やはりきちんとやらなければならないと、また続けています。このように、少し気の緩みがある時期かもしれませんが、一人一人がしっかり対応していく必要があると思っています。
 もう一点は災害の関係です。
 新型コロナウイルス感染症が広がっている中で、例えばこれからの時期は水害の危険性に備えなければならないと思っています。
 6月や7月には台風や大雨がありますので、その時に避難できる状況をしっかりと作っていく必要があると考えています。その辺の備えをしっかりとしながら、災害対策を打っていきたいと思っています。こちらも、この後、防災危機管理部の記者説明会で説明させていただきますし、都市整備部は、河川の関係でどのような形で取り組んでいくかということについて、説明させていただくと思います。
 本格的な夏はそこまで来ていますので、気持ち的には少しワクワク感が出てくるものですが、今の状況の中では、しっかりと対応していかなければならないと思っています。
 7月9日になりますと、ドイツの体操チームが上越に入って来るということもあります。7月23日からのオリンピックに合わせた対応で、ホストタウンとしての取り組みをしていきたいと考えています。おいでになる皆さんは本当に意欲満々で、早く東京オリンピックに、日本に行きたいとおっしゃっているようです。片方でいろいろな議論がありますが、7月9日~25日の16泊という長丁場で、また、約20人のメンバーが上越に入ってくるということになりますので、ホストタウンとしての役割をしっかり果たしていければと思っています。
 私からは以上です。

(記者)
 64歳以下の人へのワクチン接種について、以前の説明では9月末には終わる見込みということですが、今も、ほぼその見込みのとおりという感触はありますか。

(市長)
 65歳以上の人と同じように、指定方式という形を取りたいと思っていますので、ワクチンさえ潤沢に供給されれば、しっかりと対応できます。全国的にワクチン供給が難しいというような話も聞いていますが、当市は10月までには終わるような計画で担当に取り組んでもらっています。

(記者)
 紙面で「上越市は9月末に終了」と見出しとともに伝えさせてもらいました。当社内では「上越市はすごいな」という評価がとてもありました。逆に、新潟市が少しトラブル続きで、想定どおり進んでいない部分が目立つのかもしれませんが、例えば、上越市のやり方について、県内の他自治体から、手本にするためにマニュアルのようなものを教えてほしいというような引き合いはありましたか。

(市長)
 あるようです。私自身も、先日、陳情の件で新潟市長や長岡市長と少し話す機会があり、「どのようにやっているのか」という話になったのですが、根本的にスタート時点の考え方が違うのではないかと思っています。
 はじめ、私は素人ですから、職員に「このようなやり方で本当に上手くできるのか」と聞きました。すると、職員は「できます」と言いました。その自信はどこから来るのかと尋ねましたところ、個別に健診の通知を出している健康診断の仕組みを念頭に置いているということでした。市民の皆さんに都合を付けてもらって、協力を得てやっていけるということが、長い間の経験としてあるということを話していました。他の自治体ではこのような仕組みがないようなので、その点で違ったのではないかと思っています。
 新潟市の場合は、医療機関が約500か所あり、その内の300か所ぐらいで、基本的には個別接種で行うという形でスタートしたのでしょうが、医療機関の都合もありますから、1日の内に6や5の倍数で接種を進めていくという話になりますと、医療機関では予約を受けてもどう予定を調整するかということがなく、それがなかなか進まなかったことにつながるのではないかと、私はそのように感じています。これを踏まえて考えると、日時を指定されると都合が付けづらいことがあるかもしれませんが、市民の皆さんから協力していただいたおかげで、順調に進んでいるのではないかと思っています。

(記者)
 コロナ禍で大勢の人が1か所に集まるということを避けなければならない状況ですが、大雨や土砂災害時は、近くの集会所や公民館に避難ということになります。大きい集落の場合、例えばそこに行っただけで、「密」の状態になってしまうというケースがあると思います。これから、集団免疫ができれば、さほど神経質にならなくてもよいのかもしれませんが、やはり新型コロナウイルス対策をしつつ、安全に避難するということを考えると、やはり従来型の避難所がすし詰めになる状況の避難の在り方は、若干考えを変えざるを得ないのではないかと思いますが、いかがですか。

(市長)
 災害の形態が多様ですので、その多様さに対応することがこれから必要だと思っています。要援護者は地域で援護するなど、いろいろな整理をしていますが、形態が同じ災害はありません。あの時の災害で成功したからといって、今度も同じやり方で上手くいくかは分かりませんので、地域で臨機に何ができるかということも必要です。大きな災害が発生した時、避難所に行かないで地域で避難所を作り、避難したという例が全国にあります。地域において、市が提案する避難とは別に、地域での共助のような、互いで守っていくような仕組みを日頃から考えていくことが必要ではないかと思っています。
 市は「避難所の面積が3平方メートルから6.7平方メートルになったので『密』にならず大丈夫です」と説明しますが、災害時は、実際にそこまで歩いて行けるかということがあります。災害の形態によっては、やはり臨機に対応できるという地域の防災力、地域の自主防災組織の中での日頃の議論がとても大切ではないでしょうか。
 地域の避難所に行けない場合もあると思いますので、避難経路についても、地元における安全点検のようなことの実施も、災害に備えていく対応力の一つではないか、また、地域の皆さんとともに綿密に考えていく必要があると思っています。
 総論で語れないような災害が最近本当に頻発していますので、個別具体に対応していくことが大切です。

(記者)
 話し合いが既に始まっている地域がありますか。

(市長)
 毎年度初めに、市職員と町内会、自主防災組織の皆さんとで、避難所についての話をします。ただし、避難所の運営だけの話でなく、水害の場合と地震の場合とではどうかという話は確実に広げていく必要がありますし、単にルーティンの調整だけでなく、災害を想定した備えといいますか、事前の備えの中で可能性のある事項を議論していく、そして対応できることが必要であると思っています。

(記者)
 市長がおっしゃったように、オリンピックのために来日予定のドイツ体操チームは意欲満々ということで、ホストタウンとして当然歓迎の準備が進んでいると思います。
 一方では、デルタ株の問題もあり、市民の間では、この時期にまとまった人数の海外の人々を迎えるということに関して、正直、不安もあると思っています。
 デルタ株の問題は、ここ数日で急遽出てきて、また今後は、水際対策を強化するという話ですが、先日の記者説明会で感染対策の説明はありましたが、デルタ株の対応として、市ではさらに感染対策を強化しますか。

(市長)
 選手や役員の皆さんに、市としてどれだけの対応を行うのか、納得してもらって感染防止対策をお願いする必要があります。これは、オリンピック委員会が決めたルールに則って対応するということが第一です。
 ただ、宿に入った後、宿からどこにも出られず、それこそコンビニにも行けないというような細かいことが現場で起きることがあります。そのような場面においてどのような対応をとるのか。緩めることはありませんが、国の指導と合わせて別に考えていく必要があると思っています。16泊17日という長期間の滞在になりますので、やはり人としての生活があります。何か品物が必要になっても一人で商店に行って買い物をすることができないので、例えば、事前に必要な物を聞き取った上で、練習会場に向かうバスに乗り込む前に、バスの中かその周辺に置いた品物を見て、買ってもらうなどが挙げられます。品物を持っていく人たちに必要な感染対策を細かく整理していく必要があると思いますし、ホテルへの出入りについても、玄関からではなく裏から入るとか、練習会場の出入りについても、選手以外の入場者をチェックし、熱を測ったり名前を書いてもらったりするようなことが出てくるでしょうし、それを追跡できるような状況も作らなければならないということで、一つのルールブックを見て対応するだけでは、絶対に済まないというのは、私自身、相当理解していますので、感染が広がらないような状況を、市として対応していく必要があると思っています。
 運転手を含めてチームに付いている職員は、毎日PCR検査を実施するということですが、外へ出て行ってしまったときにどうするかということは、検討事項としています。

(記者)
 佐渡汽船の高速カーフェリー「あかね」の売却が決まりました。まずその受け止めと懸案になっている上越市としての支援についてお聞きします。

(市長)
 第一四半期の3月末で債務超過が16億円を超えるというようなことでしたから、私も驚いていまして、3月期に評価損も含めての決算であったのだと思いますが、それでも30億5000万円で売却になったと。ドイツの会社でスペインの運行会社に売るというようなことになっていたかと思います。
 簿価が約24億円ですから、売却益が出る額なのですが、そのような状況の中でも、まだ債務超過は解消されないわけです。どうやって佐渡汽船を支援したらいいか、1自治体が企業の赤字に対してどれだけつぎ込めるかということは、おのずから限界があると思っています。「あかね」の売却を含めた財政計画を作りながら、安定経営に持っていくという佐渡汽船の方向性をしっかり注視したいと思っています。
 どのような支援をするのかということについては、市は、「あかね」建造に対して2億5,100万円の補助金を出しており、これが途中で売却されましたので、どのように返還してもらうかについてこれから協議していきます。佐渡市は、既に方向性が決まっているようですので、その辺もにらみながらの協議となります。補助金を返還してもらうという一方で、支援するということも片方にあります。多分、赤字につぎ込むというわけにはいかないでしょうし、私の気持ちとしては、赤字を埋め合わせるよりも、小木・直江津航路の維持に関する一定の費用みたいなものに補填していく形の中で、これを維持できればと思っています。
 最大株主の新潟県、それから大きな株主である佐渡市といった資本を注入している自治体と上越市の立場は少し違うと思っていますが、いずれにしても、小木・直江津航路を維持するための取り組みを佐渡汽船と調整していきたいと思っています。
 9月議会では、補助金の返還と支援の両方が議論になるでしょうから、議会や市民の皆さんにご理解いただけるような方策を示していかなければならないと思っています。

(記者)
 9月を目途に、市としての何らかの対応を示すということでよいですか。

(市長)
 この度、「あかね」が売却されたということが明確になりましたので、補助金の取扱いについて議会へ説明しなければならないですし、また、議会からも質問があると思います。その答えと合わせ、9月議会には、どのような支援ができるかという議論をさせてもらうことになると思っています。

(記者)
 佐渡市は8億円の補助金に対して5億円くらいを返還してもらうという、そのくらいの割合で返還してもらう方針があるようですが、上越市としては、佐渡市にならって同様の割合で返還を求めることになりますか。

(市長)
 「あかね」が売却されれば、市の補助の内容が達成されなかったことになりますので、佐渡汽船には一定の金額を返還してもらわなければならないという話をしていますが、返還の金額や方法についてはこれから詰めていかなければならないと思っているところです。市が補助したときの原資がどういうものであったか、平成27年から6・7年経っていますので、この期間の総合的な評価をどうするのか、残っている評価をどうするのか、こういうものを佐渡汽船と話していきたいと思っています。また、佐渡市との関係もありますので、佐渡市の状況も見ながら、そんなに時間をかけず、きちんとした結論を出さなければならないと思っています。

(記者)
 基本的には佐渡市と同じような考え方で算出されると思っていたのですが、返還額については、現時点でまだ固まっていないということですか。

(市長)
 整理をした上で、議会に説明しなければなりません。担当には、Aプラン・Bプラン含めて検討するように伝えています。議会にも市民にも、理解し納得していただけるものを示していかなければならないので、作業にはもう少し時間がかかると思っています。

(記者)
 新たに行う支援については、例えば、返還額の中で上限に考えるとか、新たな支出が生まれないようにというような方向性はありますか。

(市長)
 返還額の範囲内で支援するというのは、個人取引のような話ですので、行政が目的を持って補助したものについて、補助の目的を達せなかったものは、きちんと整理していきます。
 赤字だから補填するということでもなく、3年、5年後に佐渡金山等が世界遺産になったときの、佐渡のいろいろな将来性を見たときのことを考えると小木・直江津航路は無くすことはできないと。その中で、小木・直江津航路をきちんとしたものにするという状況を佐渡汽船と作ることができるとすれば、そのものに対して、補助していくという形になるのではないかと思います。
 返還してもらうものはもらうとして、議会にも市民にも諮っていく必要があると思っています。

(記者)
 Aプラン・Bプランという複数案を9月議会に提案するということですか。

(市長)
 これありきで議論しても広がりがないので、議会と市民に理解していただくための案として、複数案で議論し、その議論の中から一つの答えを出していきたいということです。議会へ最終的に提案するものは一つです。

(記者)
 先週、国勢調査の速報値が公表され、県や市町村の状況が出ました。上越市の住民基本台帳の人口では、既に19万人を割っていたと思いますが、国勢調査でも19万人を割って、18万8,000人台ということになりました。前回の国勢調査から9,000人近く減り、率にして4.5パーセントの減という数字が出ていました。人口減少が顕著に進んでいる状況が改めて数字上にも出たと思っています。この件について、市長はどのように受け止めていますか。

(市長)
 人口減少については、社会動態と自然動態を合わせて見ています。住民基本台帳の推移では、毎年2,000人ずつ減っている状況があります。生まれる子どもの人数が1,300人を割っており、そして、ちょうど私たちのような高齢者の高齢化が非常に進んでいるという中での自然動態、自然減と言われるものが非常に大きい部分を占めています。
 生まれる子どもの人数が約1,200人で亡くなる方の人数が約2,500人としますと、自然減でも1,300人が減っていますので、5年間となれば約6,000人という話です。8,000人減ったとしても、あと2,000人というのは、社会動態の中での社会減と、こういう時代の中での動きだと考えると、上越市の場合、自然動態による人口減少というのは、今後も続くと思っています。
 全国で見ますと、私たちの団塊の世代の一学年は260万人~270万人が生まれています。ですから、団塊の世代で800万人を超えるくらいの人数が生まれているということから逆算しますと、この上越市には、その頃多分7,000人くらい生まれただろうと、私は推計しています。3学年ですと2万1,000人です。私たちの世代ですから、その内の半数が外に出たとすると、1万1000人くらいは上越市にいると。この地域には、まだ8,000人から1万人くらいの間の団塊の世代が残っていると考えています。
 団塊の世代があと20年経つと90歳に、あと10年経つと80歳になります。私たちの団塊の世代が去った時に、少子化が続いていたら、今のような人口動態ではないと思います。より厳しい現象になっていると思います。
 1970年頃の高齢化率は、日本全体で多分10パーセントくらいだったと思います。10パーセントあるかないかだったと思います。それから50年経ったら、高齢化率が30パーセント、全国平均でも20数パーセントで、倍以上になっている状況です。
 この高齢化と少子化が、どの部分にもボディブローになってきているのではないかと思っていまして、上越市も区で言えば1,000人台というところもありますし、2,000人台というところもあるはずです。これだけの減少は、やはりちょっと食い止められないと思うのと同時に、片方では、そういう社会の中で、私たちの生活がどうあるべきなのか、どのように住みやすい地域にしていくのかという議論を真剣にやっていかなければならないと思っています。妙高市から上越市へ100人来て、その分妙高市が100人減るということで良いわけがありませんので。少なくても、行政に携わっている私たち一人一人が考えていく必要があります。また、価値観の変化ということも、これからの社会には求められるのだろうと思っています。

(記者)
 減少率を見ると、上越市が4.5パーセントで、新潟市は2.5パーセント、そして長岡市が2.9パーセントの減となっています。人口上位の3市で見れば、減少率からいうと、上越市が一番大きいということになります。過疎地域がこれだけあるということが背景にあると思っており、妙高市が8.6パーセントで、糸魚川市が7.0パーセント減ということで、やはりエリアによって差が生じるようです。上越市は、人口規模が県内3番目ですが、それだけ厳しい環境下にあるという認識を持っていますか。

(市長)
 そうだと思います。40年後の2060年の市の推計人口は約11万4000人です。50年後になると、10万人を切るか切らないかということになります。50年後が遠いか短いかは別にして、今から7、8万人減ったという状況で、上越市全体の地域の中での人の営みの景色は、どのような景色になるのかということを、もう既に想像しなければならないのです。その想像から次が始まります。あの時は良かったと30年前や50年前の話をしても今の時代には合わないので、40年後に11万人、50年後に10万人になるときにこのまちの景色がどのようになって、各地域はどうなるかという想像が必要です。これは、残念ながら間違いなくやってくる景色ですから、その景色をどうやって見るか、今からその景色のための対応をしていく、意識を変えなければならない時なのではと思っています。

(記者)
 佐渡汽船への支援額とか返還額については、ご自身が任期中に必ず決着をつけるという強い決意でおられるということでよいですか。

(市長)
 個人的なことになりますが、平成27年に補助金を出した時に判断したのは私ですので、返還してもらうことについても、議会や市民に諮りながら進めていくのは、タイミングとして9月議会で、私の責任というように思っています。

(記者)
 支援額についてもそういうことでよいですか。

(市長)
 県と佐渡市が支援する時、上越市は、本当に支援すべきものと「あかね」の売却の形がなかなか見えなかったため保留にしました。新潟県と佐渡市、そして上越市で支援するというスキームでスタートした話の中に私も入っていましたし、県と佐渡市は支援し、上越市の支援は「あかね」が売却されたときに考えるという話をしましたので、支援についても9月議会に諮ることができればと思っています。

(記者)
 上越市から佐渡汽船への補助金返還に関する通知のスケジュールはありますか。

(市長)
 9月議会には、補助金返還と支援の両方を一緒に提案したいと思っています。9月議会は1か月間開催されますが、9月議会への提案に間に合わせるには、8月の前半までに話を詰めておかなければならないと思っています。

(記者)
 返還額の規模的なものもまだ練っている途中ということですか。

(市長)
 その規模的なものも、何を基にして返還してもらうかというところを少し説得力のあるものとなるように整理したいと思っています。
 佐渡市は一定の考え方を持ちましたが、その辺のことと併せ検討していきます。同じ考え方で行うのも一つの方法だと思いますが、その辺はよく整理をしていければと思っています。
 この件については、8月上旬までには固めないと、議会への提案がなかなか難しいので、一生懸命取り組んでまいります。

(記者)
 お辞めになった野澤さんが教育長だった時に、新しい野球場の建設が話題になりました。傍から見て進捗状況が見えにくいのですが、この件については、次の市長へバトンタッチするという考えですか。

(市長)
 新しい野球場については、財政計画に盛り込まなければならないことがあり、財源を含めて整理をしなければなりません。どのような規模か、どのような設備が必要か、どこで整備したらよいかなどの基礎的な調査は、教育委員会でスタートしたと思います。具体に積み上げていくときには、財源的なものがありますので、教育委員会では、次の財政計画に盛り込むための作業をしていると思っています。令和5年から始まる次の財政計画の中でどのような位置付けになるかについては、私の残任期を踏まえると、次の市長にお願いするしかないのではと思います。

(記者)
 今まで進められてきたことや過去の選挙で約束したことの政策の整理と言いますか、現任期中でやるべきもの、あるいは次の市長に託すべきものの整理は、かなり色濃くやっていく予定ですか。

(市長)
 私自身が市民に約束し、議会に諮ったものについては、途中になるものがあるでしょうし、整理したものもあるでしょう。例えば、私の任期中に完了しないものとしては、新しい上越斎場の建設があります。約束していた上越地域医療センター病院の改築も、調査が少し長引いたので、残ってしまったということがあります。私自身が、残りの任期の間に、自身の整理をしなければならないことがあり、次の市長がそれを引き継いでくれるかは別にして、完了していないものについてお話する時期が来るでしょう。
 人口減少という観点で10年先、20年先、30年先を見たときに、上越市の在り様がどうあるかということについて、成熟した時代の中での政策をしっかりと考えていかなければならないと思います。あの頃が懐かしいとなかなか振り返ることができない、懐かしさを元に戻すことができないという状況が、これからは顕著になるのだと思います。
 中山間地域における集落の人口が旧村においても1,000人を切ってしまいます。しかも、集落が散在しているとなると、地域コミュニティそのものが無くなります。また、そこには農業という生活の基盤があるわけですので、それをどうやって守っていくかということを考えると、10年後に私たちの世代がまだ農業中心であるということになると、80歳になったときに農業中心であれば成り立つのか。中山間地域で農業の法人化がより進んで、田を守ることができるかどうかという議論を、地域の皆さんと早く詰めていく必要がある時代になったと思っています。
 中山間地域のことが分からなければ仕事ができないと思い、平成23年に集落づくり推進員の制度を作り、地域の御用聞き、また、相談相手になるような職員を採用しました。今は9人います。他に、農業の相談に応じる職員が2人います。合わせて11人いまして、今日話をすることになっていますが、残念ながら、行政の中でしっかりと考えることをどこかで足踏みしたのではと思うところがあります。変わってくる地域をずっと見つめ、見つめながら支援していく手だてを考えていくことは、これからは本当に大変になると思います。
 高齢者が2人で住んでいて、おばあちゃんが入院するとおじいちゃんはどのように食事を作るのか、食べられるのか、どのようにして通院するのかというようなことから考え始めると、悲観的なことばかり私の頭に浮かびます。そのことを考えると、本当に大変だと思います。
 先回の議会における空き家対策に関する質問に、「私の家も10年後は空き家になります」と申し訳ないですが私自身のことを話しました。少子化で子どもは地元に帰って来ず、親たちは年をとっていく。どちらかが倒れれば、どちらかが施設に入るというような、そういう時代になってきています。そうすれば家は延々と空くのです。空き家の問題は、行政が何とかしなければと言っていましたが、最後には、私自身のことで申し訳ないですが「私の家も確実に10年後には空き家になります」と言いました。
 空き家の問題は、20年経ったら様変わりだと思います。それに対する備えに答えがあるのかと思います。これだけ空き家が増えているのに、世帯数がどんどん増えていっているのです。これだけ人口が減っているのに、世帯数が増えているのです。それは、若い人たちが家を造るか、できたアパートに入るかして、空き家がどんどんできていっているのです。先ほど話に出た妙高市と糸魚川市の減少率と比べれば、上越市は3ポイントくらい高いところにいますが、両市も同じ悩みがあり、また逆に上越市の先を進んでいるとすれば、そこがどういうことになっているか、どのように手当していけばよいかと議論しているか。私たちは、自身の足元を見ながら他を見て、取り組んでいく必要があります。答えはなくても、自身のこととして、どれだけ本気になって考えられるかということだと思います。
 災害時には、本当に一生懸命になれます。私は、中越地震の時には長岡市にいまして、山古志村が出てくる時のエネルギーがすごかったことを覚えています。山古志村の全村民が出てきて、山古志村の団地を造ったときのあのエネルギーや、あのような時の団結力と比べると、過疎が進んでくるときには、あのようにはならないのです。外圧があったときには固まるのですが、自然的に消滅していくときには力にならないのです。何かあった時には一緒になることはできるのですが、おばあちゃんが入院して、その家のおじいちゃんは施設に入ったというような話があちらこちらに出てくると、全体の力にはならないのです。そういうものをどのように力に変えていけばよいかということをずっと考えています。
 本当に悲観的なことばかり話していますが、でも、それをある種、楽観に変えるような、何か取り組みがあればよいのですが。一つのモデルとして、若い夫婦が地域に入ってくれて、地域と馴染んで頑張ってくれているという話はありますが、それがすべてを解決するかというと、それほど多く来るわけではないでしょうし。
 他人のことを見ながら、絶えず自身に置き換えて考えると、物事がとても分かりやすいです。私の妻は力がなくて、ペットボトルの蓋が開けられないので、ペットボトルの飲み物を買ってきて置いてあげるだけでは蓋が開けられないので、飲めずに置いておくことになるのです。隣人が、頼まれた蛍光灯を買ってきて玄関に置いてくれただけでは、蛍光灯を交換できないのです。そういうことが、身の回りで現実に起きているのです。
 起きていることに対して、どのように頑張るかという議論が、地域にも行政にもやはり必要だと強く思っています。
 災害時には、あの足が不自由なおじいちゃんはリヤカーで安全なところまで運びましょうという約束はできます。一方で、災害ではない平時に、あの家のおばあちゃんが入院して、残ったおじいちゃんは持ってきてもらっている弁当を食べて過ごしているはずなのに、弁当が並んでいておかしいと思って見てみたら、そのおじいちゃんは横になって動けない状態になっていたという光景を、私は実際に見ていますので、そのような状況をどのように地域コミュニティの中で整理していけばよいのか考えています。その時は、救急車を呼びましたが、その救急患者を受け入れてくれる病院はあるのかという議論も出てきます。
 地域医療構想調整会議では、急性期から在宅医療までの役割分担の議論を今から始めるのです。今から始めるということが遅いか早いかは別にして、私は、病院が無くなるとかではなく、急性期の対応をする病院と在宅医療するネットワークを地域で作っていく必要があるということを、これだけ高齢化が進んでいるので、誰もが分かっていると思っています。

以上

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