あったそうさ。あるところに、小僧がいたってや。あるとき使いで、山1つ向こうの村へ、行くことになったと。行くときにゃ、おっかあから、お札を3枚もらったてや。おっかあは、
「このお札は、困ったとき、1枚ずつ投げて頼めば、助けてくれるすけ、大事に持って行けや」
せって、くれたってや。その村遠いんで、一生懸命歩いて行ったと。用事をば足して、暗くならんうちに帰ろうと思って、ドンドン歩いて来たと。そんだけも、山へかかったら、ダンダン日が暮んてきたと。そんでも、ドンドン歩いたが、とうとう真っ暗になって、道も分からんくなってきたと。さあ困って、ここらで泊まって、あした、明るくなってから歩こうと思ったとき、向こうの方に、灯(あかし)が1つ見えたと。
「そうだ、あそこで泊めてもらおう」と思って、そこんちへ行って、「今晩泊めてくんねかね」と頼んだてや。そしたら、親切な婆さんがいて、「いいとも、いいとも」せって、奥の部屋に布団ひいてくんたと。
小僧は一日中歩いたんで、くたびんて、布団の中へ入ったら、すぐ眠ってしまったと。そしてなあ、ちょっとばかしたら、目がさめたと。そしたら、隣の部屋で、「ズーズー」と音がするんで、小僧は何だと思って、ソーッとのぞいて見たてや。
そしたら、親切な婆さんは鬼婆さで、でっかい包丁(ほうちょう)をといでいるとこだってや。小僧はたまげて、あの包丁で切って、食われてしまうと思ったと。そんで、そうーっと、逃げようと思って、戸を開けたら、婆さに見つかってしまったてや。
「小僧、どこへ行く」「せんちゃ(便所)へ行く」せって、うそをついたてや。
そしたら婆さ、小僧が逃げらんねように、腰に縄をしばって、その端をば、婆さしっかりつかんでいたてや。
小僧は、せんちゃの中で、じいっと考えていたと。「せんちゃから出れりゃ、婆さに食われてしまうし、どうやって逃げようか」と、考えたと。
すると、婆さが、「小僧、小僧、まだか」せって、縄を引っ張ったと、小僧は、「まだ、ピッピと出ます」とせったけど、いつまでもそうやっていらねんで、小僧は、縄の端を、せんちゃの戸にしばったと。そうして、そうーっと、せんちゃから逃げ出して、ドンドン山を逃げたと。
婆さ知らんすけ、「小僧、小僧、まだか」せって、縄を引っ張ると、戸は、ブラン、ブランして、小僧が引っ張っているようなんで、「まだせんちゃに入っているな」と、思ったと。だけど、いつまでたっても返事がないすけ、そうーっと、せんちゃへ行ったら、小僧がいなくて、縄がせんちゃの戸に、しばってあったと。婆さたまげて、「小僧、逃げたな」せって、小僧のあとを追っかけたと。
小僧は一生懸命逃げたけも、婆さの足が早くて、じきに追いついて、つかまりそうになったと。
小僧は、ホッポ(ふところ)から、おっかあからもらった、お札を1枚出して「山になあれ」せって、後ろへ投げたと。そしたら、でっかい(大きい)山が出来て、婆さの前にふさがったてや。婆さ、その山をば、「よっこらせ、よっこらせ」せって、登っている間に、小僧はドンドン逃げたと。
そんだけも、婆さも一生懸命追っかけてくるんで、またつかまりそうになったと。また小僧は、ホッポからお札を1枚出して、「川になあれ」せって投げたと。そしたら、でっかい川になって、水がゴンゴン流れたてや。そんだけも婆さも一生懸命、川をば泳いで追っかけてくるんだと。
小僧、一生懸命逃げたけんど、また婆さにつかまりそうになったと。
小僧は、最後になった1枚のお札を、ホッポから出して、「火になあれ」せって投げたと。そしたら、でっかい火になったてや。
婆さ、火の中へ入って追っかけて来たけも、とうとう着物に火が着き、婆さ、火の中で燃えてしまったと。小僧はやっと婆さから追っかけられなくて、家へ着いたと。ああ、よかった、よかった。いちごハラーリ。
(語り手 土底浜 五十嵐信夫 昭和59年 63歳)
(出典:昭和63年5月30日発行 大潟町史)