ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

上越市

サイトマップ

背景色を変える

文字の大きさ

キーワードで探す

現在地トップページ > 組織でさがす > 文化行政課 > 福島城址

福島城址

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年2月24日更新

福島城祉の石碑と石垣(写真)宿島城址のジオラマ(写真)
福島城址の石碑と石垣(1枚目)、資料館内にある福島城のジオラマ(2枚目)

福島城資料館(写真)資料館の展示品(写真)
資料館の入り口(3枚目)、資料館では福島城や直江津に関する資料が展示されています。(4枚目)

  • 認定番号:65
  • 名称:福島城祉
  • (名称ふりがな)ふくしまじょうし
  • 地域:直江津区
  • 所在地:上越市港町1・2丁目、市之町 googleマップ(外部リンク)
地図の読み込みに関する問題が発生したとき

越後初、近世の平城福島城

 福島城は、慶長3年(1598年)の上杉景勝の会津移封後、春日山城主となった堀氏により慶長7年(1607年)に築城された越後ではじめての平城です。
 家老、堀監物直政を中心に、平地で軍備、港の機能を十分に活用できる城として築城されたと伝えられており、越後一国の城として堀秀治・忠俊父子により築城された規模の雄大な城郭でしたが、堀氏に代わり入城した徳川家康の六男、松平忠輝の高田築城に伴い、わずか7年で廃城となりました。

 北は日本海、東は当時の保倉川(現在は城の南を流れる)・関川、南の外堀により、防備を固め、城内を流れる小町川は、城内に物資を舟で直接運び入れるのに用いられました。

 本丸は、昭和42~44年に行われた発掘調査から、約180メートルの方形で、腰巻の石垣を持つ土塁と幅50~70メートルの堀に囲まれていたことが明らかとなりました。
 二の丸、三の丸には武家屋敷や蔵が配置され、三の丸の南側には町人町、寺町が広がっていたとされています。

 現在、本丸跡の古城小学校敷地内には、奥田直榮氏筆の「福島城址」の石碑や、福島城を愛する会運営の福島城資料館があります。
 福島城を愛する会により周辺の美化整備活動や資料館の資料を活用した地域学習、小学生・中学生対象の学習会などが行われています。

活動団体

福島城を愛する会

活動内容など

  • 資料館の運営
  • 資料館や石碑周辺の美化活動
  • 市内の専門家や有識者を招いての講演会の実施や古文書の解読や関係資料の紹介など勉強会を実施
  • 小学生・中学生を対象とした講習会の実施 など

活動団体からのメッセージ

 上越市内三城主の一つ福島城に関する資料等を調査し学び、福島城について、多くの人に知ってもらえるように活動しています。
 また、その活動を行うことで、城跡への観覧者を増やして、地域の賑わいを目指しています。

 ぜひ、春日山城跡、福島城跡、高田城跡の三城に足をお運びください。

関連情報

その他の地域の宝

「上越市「地域の宝」を認定しました」をご覧ください。

このページに関するお問い合わせ先

上越市

〒943-8601 新潟県上越市木田1-1-3電話:025-526-5111Fax:025-526-6111

ページの先頭へ