どんどの石井戸全体の様子(1枚目)、長年の利用で角が窪んでいる(2枚目)
現在もきれいな水を湛えている(3枚目)、井戸北側の公園の様子(4枚目)
どんどの石井戸は、かつて味噌・醤油の醸造や廻船業を営んできた小林家の敷地内、「どんどの池」から県道を挟んで北側にあり、昭和30年代、辨天池水道組合による簡易水道が整備されるまでの間、潟町下区・九戸浜の住民に水の調達場として利用されてきました。
小林家は、万治三年(1660年)に潟町が宿場町として出来た時の一戸で、天明の頃(1781~1789年)の人である小林六左衛門が、九戸浜から潟町へ行く急坂の下からこんこんと湧き出る泉(どんどの池)を見つけ、その出方を調べているうちに九戸浜へ移住し、その泉の水を利用して味噌や醤油の醸造を始めたといわれています。
石井戸は、手桶で水を汲み上げてきたため、石の角がこすれにより窪んでおり、長年、地域住民に利用されてきた様子を物語っています。
井戸の水は、「どんどの池」から引き入れられています。明治11年(1878年)、明治天皇の巡幸にあたり、県道犀潟・柿崎線が整備された際に、道路の下に池まで桶管を入れており、現在も枯れることなくきれいな水を湛えています。
井戸としての役割を終えた後も、辨天池水道組合によって現在まで維持・管理されており、かつて「裏の池」(九戸浜集落は海岸沿いにあり、この池は集落の裏側に位置していた)とよばれた池がある「夕日の森展望台」近くの広場を含め環境整備が行われています。
辨天池水道組合
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