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仁和寺宮染筆の額

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年5月29日更新

仁和寺宮染筆の額(画像)
(市指定、書籍・典籍)

  • 名称:仁和寺宮染筆の額
  • (名称ふりがな)ニンナジノミヤセンピツノガク
  • 地区:旧上越市

微証・伝来

「寛仁厚徳」(かんじんこうとく・寛大で情け深く、厚い恵みを施す)

仁和寺宮嘉彰(よしあき)親王は、戊辰戦争で会津征討軍の総督を務め、遠征の往復とも、高田に立ち寄ったことが記録に残されています。この額には、明治元年(1868年)10月、奥羽越(陸奥・出羽・越後)を平定し、凱旋する親王が高田瑞泉寺に宿泊したときに書かれた、と明記されています。