この旗指物は、縦102センチ、横33.5センチで、練絹に剣先を思わせるような装飾的な文字で「南無阿弥陀仏」の六字名号が墨書されており、上杉謙信から拝領したものといわれています。書体から「利剣の名号(りけんのみょうごう)」と呼ばれ、もともと旗差物であったものを、竿を通す耳の部分を切り取って掛幅に表装したものです。破損を防ぐために麻撚糸(あさよりいと)で約6センチの方眼に刺しが施されています。戦国時代の制作と考えられています。
林西寺は、上杉謙信から春日山城下の滝寺に寺地を与えられ、信濃(長野県)から移り、明治になり現在地に移ったとされます。寺伝によると、林西寺の初代と2代目住職は、石山本願寺勢力と織田信長の戦いとして知られる石山合戦で戦死しており、合戦には、この旗指物を身に着けて参戦したと伝えられています。