この像は、像高15.5センチ、ヒノキ材を用いた一木造です。もとは像の表面に彩色が施されていたと考えられますが、現在は剥落しています。広目天は、四天王の一人で西方する役割を担います。本像は鎧と兜をまとい、鋭い目つきで眉はつりあがり、口と鼻が大きく、小さいながら威厳があります。迫力のある姿勢などに室町時代前期の彫刻の技法がうかがえることから、同時代の制作と考えられています。
昭和62年5月28日に旧浦川原村の文化財に、平成19年6月1日に上越市文化財に指定されています。
なお、本像はもともと吉川区国田の善徳寺にあったと伝えられており、その後、浦川原区の個人蔵を経て、平成23年に大潟区に移っています。