この懸仏は、像高22センチで、室町時代後期の制作と推定されています。像は正面だけをあらわしており、もとは鏡板にとりつけられていたと考えられます。印相は善光寺式阿弥陀三尊像の脇侍と同じく、両手を胸前で上下に重ねる梵篋印(ぼんきょういん)を結びます。善光寺式阿弥陀三尊とは、中尊と左右の脇侍を一枚の光背に配した一光三尊形式であらわされたものです。
薄い銅板を打ち出して造られており、衣文(えもん)は細かな線刻であらわされています。 頭部には小孔が3か所開いており、宝冠があったことをうかがわせます。面長で大きな目鼻と小さな口のおだやかな表情をうかべています。白毫(びゃくごう:眉間に生えた白く長い毛が円形になったもの)には鍍金(ときん)が残り、右足先は木造で、左足先と台座は欠失しています。また、光背は木造で、上部が大きく欠けてしまっています。
平成3年1月21日に旧吉川町の文化財に、平成19年6月1日に上越市文化財に指定されています。