この二幅の漢詩は、どちらも本紙縦100.4センチ、横19.3センチで、鈴木昌司が自身の体験をそれぞれ漢詩(七言絶句)にし、自筆で認めたものです。それぞれ明治20年(1887年)、明治23年(1890年)の制作です。
鈴木昌司は吉川区代石出身で、明治時代に自由民権運動の指導者的役割を果たした人物です。初めての新潟県会議員に当選し、以後7回再選を果たし、議長も務めました。その後、第1回帝国議会衆議院議員としても活躍しました。
二幅の内容は対照的で、一幅は鈴木昌司を含む自由民権運動の指導者が東京から追放された際の憤りと嘆きの心を詠んだもので、もう一幅は新潟県議会議長として大日本帝国憲法発布式典のために皇居へ招かれた感激を詠ったものです。
平成9年10月23日に旧吉川町の文化財に、平成19年6月1日に上越市文化財に指定されています。