この像は、像高110センチ、ヒノキ材を用いた寄木造で、腹前で両手を重ねる定印を結ぶことから、胎蔵界の大日如来であることがわかります。鎌倉時代の制作と考えられています。脚部の裏に墨書があり、天正17年(1589年)と宝暦元年(1751年)の二度にわたり、修復が行われたことがわかります。
宝暦6年(1756年)に高田の威徳院から田屋の大日庵へ移したという記録が残されており、以降、現在地近くにあった大日庵の本尊でしたが、廃寺となったため、現在は田屋町内会が管理しています。
昭和49年8月1日に旧板倉町の文化財に、平成19年6月1日に上越市文化財に指定されています。