大間城跡は、三和区北代集落の小高い山(小字名「城山」、標高95.6メートル)の地形をいかして築かれた山城で、山頂部分の本丸を土塁で囲む点が上越地方にあまり例をみない特徴といえます。この地域を治めた有力者が有事の際の要害として築いたと考えられますが、大間城に関する資料は現存せず、発掘調査も行われていないことから、城主や築城年代などはよくわかっていません。
立地条件などから、南北朝時代は直峰城(安塚区)の支城として、さらに戦国時代は春日山城の支城として重要な役割を果たしていたとも考えられています。また、春日山城から関東方面へ通じる三国街道をおさえる役割も担っていたと思われます。
平成13年1月25日に旧三和村の文化財に、平成19年6月1日に上越市文化財に指定されています。