御前立を掲げて渡御する様子(1枚目)、山頂にて参上唱歌を奉じている様子(2枚目)
南方山は、春日山から南方にある妙高山上の阿弥陀三尊に祈願する行事で、元亀元年(1570年)に上杉謙信公が、領内の人々の家内安全・商売繁盛・五穀豊穣・子孫繁栄を願い、林泉寺六世天室和尚に「倶利伽羅不動尊御旗」を捧げ持ち、自身の代わりに代参登拝するよう依頼したことが始まりです。
行事は城下が高田へ移り現在に至るまで、春日神社(本町1)及び旧春日町(本町1・南本町3)により途切れることなく継承されており、毎年7月22日の朝、白装束に身を包み御旗を掲げた代参一行は春日神社を出発、途中、荒町の水谷家歓喜堂に立ち寄り、そこから関山神社を経て宿に到着、23日の真夜中に宿を出発し、朝方に妙高山頂に登拝します。そして、下山後再び歓喜堂に立ち寄り、氏子中に帰還報告の御旗渡御を行った後、春日神社に帰還します。道中、参拝の際などに参上唱歌が奉唱されます。
宗教法人春日神社
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