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近代上越の政治家・思想家

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年12月1日更新

 江戸時代後期の上越地方の教育は、かなり高いレベルにあったと考えてよいでしょう。高田藩による藩校の設立は、1866年(慶応2年)を待たなければなりませんでしたが、それは、それ以前の武士身分の子弟教育のあり方が地域社会のなかで充分機能していたからに違いありません。
 また、大商人や地主層の子弟たちの教育も、その地域に発展した私塾によって充分に高いレベルを維持していました。数ある私塾からいくつかを紹介するとすれば、まず倉石侗窩(典太)の文武済美堂(ぶんぶせいみどう)をあげなければなりません。この塾からは、前島密室孝次郎をはじめ多くの人材が輩出されました。そのほかにも高田藩が招いた東條琴台(きんだい)の私塾や戊辰戦争によって高田藩にお預けになり、そのままこの地で私塾を開いた南摩羽峯(なんまうほう)の正心(しょうしん)学舎、さらには直江津の小林百哺(ひゃっぽ)の牙籌堂(げちゅうどう)など、枚挙にいとまがありません。

 こうした江戸末期の学問熱は、藩士や富裕な商人・地主層によって受け入れられていきました。そしてその熱はそのまま、近代上越が政治や実業の世界に無尽蔵とすら言える人材を送り出していく状況につながっていくのです。明治初頭から県内を牽引するように上越に現れた自由民権運動のうねりは、こうした人材によって支えられていました。
 鈴木昌司らの先駆者、そして室孝次郎・笠原克太郎・さらにそれに続いた高橋文質本山健治上田良平など、富裕な商人や地主階級出身者が自由民権運動を経て政治家への道を切り開いていきました。彼らの多くは、自家の財産を惜しみなく投げ打ちながらも、地域社会のために貢献することを自らに課した政治家でした。それは江戸時代以来「有徳(富裕)」の商人・地主層に課された道徳感に通じる感覚であり、当時の社会的なあり方に強い要請を受けた、近代に特徴的な政治家の姿勢であったと言うことができるでしょう。大瀧傳十郎西山壽平治丸山豊治郎関根干城横尾義智竹田環漆間與三郎武田徳三郎らもこの類型に入れることができると思われます。

 一方、自らの出自とはあまり関係なく、程度の差はあれ、やや地域と距離を置きながら活躍する政治家も存在します。荒井賢太郎芳澤謙吉・前島密・川合直次竹越與三郎、さらに石田善佐増田義一らはこれにあたるように思います。彼らは資産家であるかないかに関わらず、自らの才覚によって、政治家・官僚として、学者として、あるいは実業家としても成功を収めていきます。しかし、いずれにせよこうした近代上越を綺羅(きら)、星(ぼし)のごとく彩る政治家たちが、子どものころから勉学の徒であったことに変わりはないようです。

 そして明治時代の中期以降には、高田師範学校や高田中学校が多くの人材を輩出するようになりました。これからの将来も、多くの子どもたちが人々の幸せのため、そして日本だけにとどまらず大きく羽ばたいてもらうためにも、勉学の労を惜しまない社会であってほしい、またそういう子どもたちを育む地域社会であってほしいと願わずにはいられません。

主な人物

  1. 前島 密(まえじま ひそか):日本近代郵便制度の父
  2. 室 孝次郎(むろ こうじろう):衆議院議員。全国の鉄道網に先立ち、信越線開通に尽力した
  3. 鈴木 昌司(すずき しょうじ):衆議院議員。上越地方を代表する豪農民権家、自由民権運動に生涯を捧げた
  4. 笠原 克太郎(かさはら こくたろう):衆議院議員。地域の鉄道敷設・築港計画を推進し、産業経済の発展に力を注いだ
  5. 高橋 文質(たかはし ぶんしち):衆議院議員・高田新聞社長。新聞事業、油田開発など地域の発展に貢献
  6. 本山 健治(もとやま けんじ):衆議院議員。初期の県会・中央政界で活躍した民権運動家、地域に民権思想を普及
  7. 上田 良平(うえだ りょうへい):県議会議員、自由民権運動家。30年にわたり上杉村長を務めた
  8. 大瀧 傳十郎(おおたき でんじゅうろう):衆議院議員。金融機関への参画を通し、県内全域の産業経済発展に貢献した
  9. 西山 壽平治(にしやま じゅへいじ):牧村長・県議会議員。農業改良事業に取り組むなど、地域振興に尽くした
  10. 丸山 豊治郎(まるやま とよじろう):上越(高田)日報を創刊したほか、地域の簡易水道敷設にも取り組んだ
  11. 関根 干城(せきね かんじょう):県議会議員。南川村長時代、鉄道を破壊し水難から住民を救った
  12. 横尾 義智(よこお よしとも):全国初のろうあ村長村民に推され小黒村長に選出、12年にわたり務めた
  13. 竹田 環(たけだ たまき):県議会議員。地域振興のため、養蚕振興と、地域の学校施設の充実に取り組んだ
  14. 漆間 與三郎(うるま よさぶろう):政治家・思想家 中郷村長・名誉村民。日本電気亜鉛二本木工場(後の日本曹達)の誘致に努めた
  15. 武田 徳三郎(たけだ とくさぶろう) :衆議院議員。高田日報で主幹を務め腕をふるった後、地域の鉄路実現を目指した
  16. 荒井 賢太郎(あらい けんたろう):農商務大臣・貴族院議員。新潟県出身の最初の大臣を務める
  17. 芳澤 謙吉(よしざわ けんきち):高田市名誉市民。戦争の時代、外務大臣を務めた外交界きってのアジア通
  18. 川合 直次(かわい なおじ):衆議院議員・高田市長。吟風の号を有し、詩歌などに親しんだ文人政治家
  19. 竹越 與三郎(たけごし よさぶろう):衆議院議員。文筆家として「日本経済史」を刊行するなど、多くの著作を残す
  20. 石田 善佐(いしだ ぜんさ) :衆議院議員。雪害克服への取り組みから「雪の石田」の異名を持つ
  21. 増田 義一(ますだ ぎいち):衆議院議員。「実業之日本社」創設、日本の政財界に名を馳せた